2005年05月24日

客足戻らぬ「山口村」―馬籠

 「花博が終わったら」から、「万博が終わったら客が来るかもしれない」、という淡い予想がどうやら外れる公算が強くなった。出足が悪かった万博のスタート時の危惧が一転、早くも500万人来場突破というニュースで、さぞや「山口村」も大盛況かと思いきや、万博会場内で配布予定のチラシ一つ作れない状況という。平日は閑古鳥が鳴き、訪れる団体は金も落とさずに興味本位で立ち寄り、明らかに客層がガラリと変わったという。元賛成派の人々の顔つきは厳しく、冒頭の嘆きとも取れる楽観論を口にすると聞く。3倍もの借金を背負い込んだ計算になるこの越県合併劇。何かに「依存」する限り解決策はない。
 田中知事が叫び続けた「コモンズ―長野モデルの実現」、そしてパフォーマンスと揶揄された泰阜村の住民票移転問題。世界の先進国に、たった300〜600人の村を守る国があることをどれほど認識しているだろうか。そして知事を会議室に押し込めて、数時間にわたり議案提案を迫った某議長・副議長、両人後日山口村にどの面下げて頭を下げたのか。
 インターが来ると土地買占めに走った地元名士も、夢と消えそうな状況に「10億もらい損ねた」と。命がけで意識高揚を促そうとする人がいて、片や足払いをする人がいる。
 「中津川もいいもの持っているのに、なんで私らのとこなんかほしかったんだろねぇ」と、合併をしてはじめて知る相手の実情。隣の芝生。人々の本心はどこまでも「信州人」。てこずり始めた岐阜県と、中津川市。「戻るなら田中知事のうちに」が隠れた合言葉。

魅せられたヒトツバタゴ
 連休を外して、対馬に渡った(5月6日)。どうしても今見なければ、そして本場の状況を把握しなければほかの人に伝えられないという思いが募った。鰐浦―唯一ヒトツバタゴが群生している地域。岩肌にへばりつくように枝を張り、まさに雪のように真っ白な花を咲かせていました。ほのかに香る匂いも芳しく、私はすっかりとりこになりました。
 「山口村」はどうなのか、咲く時期が待ち遠しく思われました。5月23日蛭川の巨木が満開という情報で駆けつけた。対馬では見られなかった、それはそれは大きな木。見事に枝を張り、一番の見所であった。潮風や強風にあおられることもなく、肥沃な土壌に助けられ健やかに育ったヒトツバタゴ。決して華やかではありませんが、見るものすべてを魅了する不思議な力が宿っているようです。心を癒してくれるこんな木にめぐり合えたことをただ感謝するのみ。「山口村」のヒトツバタゴは、もうすぐ満開です。みなさんが来るのを待っています。見てあげてください。私たちの架け橋になってくれるでしょう。
私たちの手で「山口村」を救いましょう。
posted by さよちゃん at 00:00| 山口村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月23日

時代がガラリと変わる瞬間

 東洋哲学に「陽極まって陰に転じ、陰極まって陽に転ずる」という言葉がある。物事がその限界に達したとき、正反対の現象が現れるということである。
 目にみえるもののみ信じるという唯物主義から、目にみえないものの働きに感謝する生き方は、われわれ日本人は特に食べ物文化で培ってきたような気がする。味噌・醤油・漬物・納豆など、いずれも「バクテリア」という目にみえない生き者達の恩恵に預かっている。世界中で有機農法(堆肥をつくる)がもてはやされる遥か以前からそれは行われてきた。特別「菌」を投入しなくても「切り返し」によって田畑に有効な菌が繁殖することを体験的に知っていたし、し尿のような液体はさらに「ため」という囲いで熟成させ撒いていた。当時は、川に汚物を流すなど思いもよらないことであった。「川」には川の神様が宿り、「山」にも「火」にも神様が宿ると敬意を払ってきた。いつからかこの尊い教えは廃れてしまった。その結果、山は好き放題に改造され、挙句放置一部はゴミ捨て場、川は言うに及ばず。
 元建設省の役人だったA氏は日本中に良かれと本人も使命感に燃え「公共下水道設備」の普及に邁進していった。ある時、自分はとんでもないものを広めてしまってきたことに気づき、愕然とし定年を待たずに早々に退官。「川に汚水を流さない」事業をおこし、現在に至っている。彼の口から「この下水道の法律を作ったのは長野県の国会議員」といわれたことに、当時少なからぬショックを受けた。
 今、私たちが出すゴミや汚物は化石燃料で燃やされ埋め立てへ,あるいは化学的な中和が施され川に放流されている。いずれも利権が2重3重に絡みつき恐ろしい様相を呈している。自分の目の前から汚物がなくなれば日々安閑と暮らせ、自分だけが儲かれば後は知ったことかと「高」をくくっていられる。個人主義ここに極めり。
 教育を変えなくてはいけないという。親の教育が必要だという。
「脱亜入欧」で、何でも欧米思考になってしまったのが原因
自然をコントロールしようとする考えの限界
自然の中に生きる「山間人=やまんと=大和人」の復活か
目にみえない,知ることのできないものに対する「謙虚な心」
解決方法はこれらのキーワードに含まれている様な気がする。
いままで常識として植えつけられていた知識が崩壊するときが来たようだ。
(その一例)  原子転換・・・果たして高温・高圧でなければ不可能か
 アメリカの科学者のケルブランという人が、植物でも動物でも、ある原子と原子で核融合を起こし、新たな原子を作る=常温核融合を実証してみせたが、ノーベル賞どころかいつの間にか抹殺されてしまった。十数年前か日本の某大学で実験結果を出したがこれもうやむやにされてしまった。医学も農学も栄養学も変われるのに。受け入れられるには百年かかるという。あらゆることが限界値に達している。
posted by さよちゃん at 00:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月05日

どこを見ている農林省

 知人から『遺伝子組み換え稲』の説明会(4月29日)の案内をいただいた。
「参加されて問題点を認識し、計り知れない影響に対処し、中止させましょう。」ということであった。大豆の遺伝子組み換えに対してさえほとんどの国民はアレルギー反応を示しているのに、ましてや主食の米である。国は国民を見ていない。
「カラシナ由来の抗菌性タンパク質を持つ複合耐病性イネ」、私の憂慮に別の知人から寄せられたコメントを以下に記す。

田幸さよ子様    17.4.28  高橋
遺伝子組み換え稲も、白菜の耐病性を高めること、ゴボウの根こぶ病のことも、農業の問題としては、とても多くの問題があります。
 アメリカで開発した遺伝子組み換えのことなどは、あまりにも、世界にこの農業の問題を混乱させることとして、ヨーロッパ各国は、大反対しました。
 特に、稲にまで手をだすことは、世界の稲作文化圏の中にある日本に対する非難とも言われており、人類が行ってよいことと悪いことの分別の判断を問うものといわれます。都市部の主婦連が、こぞってこの遺伝子組み換え技術の進歩には、問題を感じているのは事実です。「アメリカは、とてもよいモルモットを1億2000万匹飼っているから、研究が進む」という新聞記事がフランスのマスコミに話題となって、アメリカと日本は大変にバカにされているが、バカなのは日本の政府と学者です。
 すでに、生協(コープ東京・神奈川)などではこの遺伝子組み換えヤサイを取り扱ったことから,生協組合員の多くが離れてしまいました。大切な子供達に、不安な遺伝子組み換えヤサイを食べさせることは、できないとして、この運動は全国へ広がり、北海道→青森・秋田→と、生協はこのダメージを受けて、つぶれて無くなる始末です。
 米食文化圏に大きな問題を与えてしまう、稲の品種改良?には、私は反対します。もっと自然のままにして、自然なコシヒカリが,作り続けられることを心より願う次第です。
以上

―迷走続ける農林省―
 農林省はその昔、カイコの食性の実験をしたことがある。常食のクワの葉の代わりにジャガイモの葉を食べさせた。最初は見向きもされず、失敗の繰り返しであったがある時、食いつく固体が現れた。研究者は狂喜し、固体を掛け合わせ本格的に市場に出そうとした矢先、何代目かでぴたっと生殖行為をしなくなってしまった。その後どうなったか知らない。人間は自然界を「コントロール」できない。このことを肝に命ずるべきです。
キリスト教的考え方ではやっていけない・・・東洋哲学を再認識する必要があるのでは?
大和は『山間人』=「やまんと」から来た言葉ともいわれます。自然の中に溶け込んで、自然の一員として生きる・・・太古の祖先の知恵に学びたい。  
posted by さよちゃん at 00:00| 遺伝子組み換え | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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