2005年11月18日

身土不二そして温故知新

 

商家に嫁いで、お金はいらないからお百姓をさせてくれと家人に頼んで、米・味噌・醤油・野菜の自給をはじめて、 あっという間に三十余年にならんとしています。さらに、 土に触れる生き方がどんなに大事であったかと言うことに気づかせて貰った三十余年でありました。私の子育ての時代は、高度成長真っ盛り、 そして、食品添加物、合成洗剤、化粧品の害、化学肥料・農薬、あってはならないアメリカスリーマイル島及びソ連チェルノブイリの原発事故等、 さまざまな化学汚染に取り巻かれていた。

幸い身近な先輩方に問題意識を持った方々が居り、一緒に勉強する機会を得たことは幸いであった。また、子育て中の母親が集まって 『子供の未来を考える親の会』を作り、さらに勉強会を重ねた。西洋栄養学もおかしいと気づき、肉食偏重を改め、「健康は台所から」 をモットーに食生活に注意を払う。その当時は、学校給食にも疑問を持ち、七年も腐らないメリケン粉でつくられるパン食を拒否、また『特選米』 なるものが、古古米、古古古米のブレンドということに驚き、『次代を担う子供たちが犠牲になる』ことに抗議を込めて、 体質改善という名目で給食費を払いつつ、三人の子は弁当持参。近年「食育」が叫ばれ、地物野菜が供されると言う話を耳にし、感慨を覚えます。 体は食べ物で作られるのです。日本人は、欧米人と違い腸は気候・風土=「穀・采食」に合わせて、長いのです。 大腸ガンが多く発生している現在よくよく考えて欲しいことです。

原発事故の年、私は『身土研究所』を立ち上げました。身と土は二つに不あらず=土が健康ならばそこに出来る作物は健康であり、 それを食す人は健康である=作物は土が変化した物である=母なる大地から作物と言うお乳を頂いているのである、 土の変化したのが私たち―『土から離れてはいけない』と本能的に実感。化学肥料を減らし、農薬も減らす、あるいはそれに代わる資材の提供、 と奔走しました。

なかなか理解がされなく、十年が瞬く間に過ぎました。何度も挫折、赤字続きで出支も多く、仕事とすることは出来ませんでした。 いつか、当たり前に受け入れられる日が来ると、わずかに農家数軒との繋がりに限り、後はひたすら田畑に専念しました。一時、 飯山で周りの制止も聞かず、たった一人で2町歩(2ha)近くを耕し、小麦、そば、あわ等に挑戦したこともありました。 いずれにしても、豊かな日本の大地が傷つき,一方では命を育むはずの農作物が経済ベースに乗せられ、安い輸入品に押され、 耕す主人もなく放置されてしまった農地が不憫でならなかったのです。これでいいのか、日本はどうなってしまったのか、 ただただつらく切ない日々を過ごしました。今少しずつですが、若者のみならず、 一般の人たちの中でも共同で作物を作ろうと言う機運が出てきたことはうれしい限りです。ぜひ、昔は当たり前だった、 小麦作りにも挑戦していただきたく思います。また、食生活の基本になる味噌・醤油も自前で作りましょう。

さて、「自然回帰ミネラル農法」と名づけた栽培法、細々と続けていた農家からの報告があります。 果樹栽培において植物ミネラルを栄養剤として、農薬と一緒に散布することで、農薬使用量が, 三分の二から2分の一に減らすことが出来るようになり出費が減り助かる、また、ハウス栽培のブドウでは、ほぼ、無化学農薬栽培を実現した、 と言う報告をいただきました。施したミネラルにより味も鮮度も抜群に良くなり、お米もどうしてこんなにおいしくなったかと喜ばれる等々。 試行錯誤十五年余、やって来てよかったとつくづく思いました。

もうひとつ、土いじりを通して、私は二人の不登校生と出会いました。中学生の生徒はとても落ち着きがなく、 自分をコントロールできず、昼と夜が逆転した生活をしているために、通常の学校生活ができません。 両親も兄も仕事上逆転した生活サイクルを送っているために幼少より体内時計が狂い犠牲に。 また容易に薬に頼ったために人格まで傷つけてしまったようでした。基本になる「規則正しい生活」、 それがなかなかできない現代社会とは何と受難の時代でしょうか。もう一人、小学生のその子は、とてもまじめでしっかりしていました。 なぜ学校へ行けなくなったか、ポツリポツリ話してくれました。「あのね、ころころ時間が変わるんだ。もっと同じ勉強を続けたいと思っても、 取り上げられちゃうんだ。次の時間も、次の時間も・・・。落ち着いて勉強なんかできないんだよ学校は。」これは、とても示唆に富んでいます。 昔の寺子屋は、読み書きそろばん以外はあれもこれも頭に詰め込ませることはしませんでしたし、 頭は二葉しかないため幼い頭に沢山の事を詰め込むことは良くないことだと心得ていたのです。そして、戦後の教育を受けた私たちは、 馬車馬のようになって駆け抜けてきましたが何かを失いかけているような気がします。とても大切なものを。抹殺された修身とは、国学とは?。 西洋式は何か変です。

昨年の山口村越県合併問題から俄然政治に興味を持つようになりました。何度も、山口村に足を運び村人の意見を聞きました。 チラシも作って配りました。反対を叫んでいる人のほうが正論のような気がしました。首長と役場職員がこぞって賛成工作をしていました。 終わって見れば、市会議員に納まった元首長はいま「こんなはずではなかった」とぼやいているそうです。 総ヒノキの学校も天然記念物の植物園も、関わる職員を雇うこともできず荒れるにまかせています。 さまざまな援助がなされると思った合併後はあらゆることが反故にされ、借金は3倍に増えた計算に。話が違うと騒いで見ても、とんだ 『寄らば大蛇の影』だったわけでした。

今、小泉政権の下、さまざまな改革の名のもとに審議され、決定がなされていきますが、「アメリカ(ユダヤ)の言うなり」 には閉口します。

いつからどうして、こんな政治がはびこる様になったかとあらゆる情報・書物を紐解いて見れば、あるわあるわ、 気が付けば九十九パーセント汚染され、後の祭りに近し。けれども、残る一パーセントに望みを託して見たくなりました。なぜか? 前歴が私を支えてくれています=「継続は力なり」。

生きているうちに、こんなことに気づかせてくれた天に感謝。なぜ天か?古い書物には、天の御中の主という神様が、 この地を造られたという。でも一番は、夫か?そう、今まで感謝の足りない不平不満の塊のような私を、 辛抱強く我慢してくれていた夫がいたから、好きな研究・勉強ができたのです。

世の中の主婦の皆さん、どうかご主人を大切に。男は、女がまともになるのを待っているのです。私は、ずっと長らく、 『こんな社会にしたのは、男が悪い!』 と思ってきたのです。敵は男である夫でした。そうではありません。やさしい男は女が作る、思いやりある社会は、 思いやりある女が居て初めて形成されると気づいたのです。世の中は、家庭が核になります。そこからスタートだと今頃やっと気が付きました (横道に逸れました)。

戦後教育は、男女同権、競争、学歴偏重、個人の自由が尊重されました。思いやりが欠ける自由と個人主義が蔓延してしまいました。 ここで、ユダヤ人のお話をしなくてはなりません。彼らは非常に頭のいい民族で、世界に散らばっていますが、他民族とは一線を画し、 強固に独自性を保っています。さて彼らの考え方はどうでしょうか。先ず言えることは、科学を発達させたことでも分かるように、『自然』 を征服・コントロールできると信じてきました。また、さまざまな社会制度を考え出し、議会制民主主義の名の下に、 政党なる物を考え出し対極の者同士を戦わせることを考え出しました。「自由・平等・博愛」この言葉が今では、 欺瞞に満ちた言葉だと知られるようになりました。自由と平等は相反するもの。彼らの博愛とは『与えることで従わせる』ことのようです。 私の手元に「ユダヤ五千年の教えなるものがあります。「お金」を最も大切なものと位置づけられています。そして、圧巻は、『一つの嘘は嘘、 二つの嘘も嘘であり、三つの嘘は政治である』と。経済がゲームになり、政治もゲーム。『戦争や紛争を仕掛けて,それで儲ける』、『勝つため、 征服するためには手段を選ばず』、地球人類がおかしくなるのも当然です。

人間道を生きるのか、欲・得・本能のままに畜生道を生きるのか、試されているような気がします。

捨て去られた古き良き時代の教えを、今一度振り返る時、そこにまったく新しいものを見出すかもしれません。

 

posted by さよちゃん at 12:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

人間性の退化 ―太古の教えを学ぶとき―

 

どこへ行っても誰に聞いても『今の世の中おかしい』と口をそろえて言われる。政治が悪い、社会が悪い、教育が悪い、親が悪い・・・ 等々。近年怒涛のごとく日本に入り込んださまざまな制度、風習。一昔前を知ることで何か手がかりがあるのではと紐とけば、 そこに抜き差しならない闇の部分が見えてきた。大化改新・文明開化・王政復古・尊王攘夷・・・。

私たち世代は文明・文化が栄える事を良しとして育ち、今親を、先祖を敬うなどと言うことは時代遅れといわれ、 家族主義が崩壊し個人主義蔓延。拝金主義・唯物主義が跋扈し、離婚・フリーセックス、さらに、自由主義の名の下に、社会も個人もしたい放題。

国を治める政治のトップときたら、散財の責任を国民に平気で背負わせ、貧富格差を増大させ、軍備増強を画策し、 東アジアを破綻したヨーロッパやアメリカの二の舞に導こうとしている。 別紙レポートは、ユダヤに毒される前の内村鑑三の、『代表的日本人』 ―岩波書店・鈴木範久訳―海外紹介の抜粋である。キリスト教徒からみれば、明らかに異教徒で劣っているはずの日本人に、 優れた人間性をもって人々を『慈愛に満ちた、徳と見識を持った民衆』 に育て上げた人がいたと紹介している(ケネディー大統領はこの本で感激)。

保険制度が破綻している。『親を大切にせよ』と言う教えをないがしろにしなければ、福祉国家などと金をかき集めることもなく (結局その金はどこにきえた?)、昔からの、村社会を大切にしてこなかったつけがまわってきただけである。

さらに、環境汚染などと人間の身に降りかかって初めて大騒ぎしているが、昔からの、山には山の神様が居り、 水には水の神様が居るという、八百万の神々を敬い礼を尽くしてきた生き方が優れている、つまり、西洋の自然征服科学は破綻するのです。

今、ユダヤはすばらしいと言う本が、1万円の定価をつけて店頭に売られていると聞く。

それを読んだ人は、まったくすばらしいと思うようである。私の手元に「ユダヤ五千年の教え」なる本がある。ラビ (ユダヤ教の宣教師の意―ラビの教えは聖書を超えるとも言われる)が著者である。やはり、『お金』の話は多い、『支配』 という言葉も好きである。そして、圧巻は『一つの嘘は嘘であり、2つの嘘も嘘であり、3つの嘘は政治である』と。

日本の政治家が毒されていることがお分かりでしょうか!

経済もゲームになり、政治もゲーム。地球がおかしくなるのも当然です。

抹殺され、私も見たことがない「教育勅語」とは、修身とはいかなる教えか。多くの先人が「君=天」というのはいかなる存在か。国学とはいかなるものか。

汚辱にまみれた、この切ない世の中が果たして真っ当な世の中に変わることが出来るのだろうか。 縄文時代が長大で優れた社会を形成していたことが、ようやく日の目を見る時代になった。人間道を生きるのか、畜生道を生きるのか、 私たちの自覚が急務です。

 

posted by さよちゃん at 12:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上杉鷹山=封建時代の政治家―米沢藩にみる聖人の治政

東洋の思想の一つの美点は、 経済と道徳とを分けない

 東洋の思想家たちは、 富は常に徳の結果とみた。鷹山の純粋な社会改革を記す。

その一 公娼の廃止 廃止すると情欲のはけ口を断たれ、 別のもっと凶悪な方法で社会の純潔を危険に晒すという反対論に対し、『もしも情欲がそんなことで鎮まるならば、 そのためには数知れない遊郭が必要になろう』と。廃止により何の社会的不都合も生じなかった。

その二 伍十組合と五か村組合

  1. 五人組(戸主を数える、以下同)は、 同一家族のように常に親しみ、喜怒哀楽を共にしなければならない。

  2. 十人組は、親類のように、 互いに行き来して家事に携わらなければならない。

  3. 同一村の者は、 友人のように助け合い、世話をしあわなければならない。

  4. 五か村組合の者は、 真の隣人同士がたがいに、どんな場合にも助け合うように、こまったときは助け合わなければならない。

  5. たがいに怠らずに親切を尽くせ。 もしも年老いて子のない者、幼くして親のない者、貧しくて養子の取れない者、配偶者を亡くした者・・・等、 五人組が引き受けて身内として世話をしなければならない。五人組の力が足りない場合は、十人組が力を貸し与えなければならない。 もしもそれでも足りない場合は、村で困難を取り除き、もしも一村が災害でなりたたない危機に陥ったならば・・・四村は救助に応ぜよ。

  6. 善を勧め、悪を戒め、倹約を推進し、 贅沢をつつしみ、そうして天職に精励させることが、組合を作らせる目的である・・・・。※家族主義は活気をもたらす。

米沢には『棒杭の商い』と呼ばれるものがいる。人里離れた道の傍らに、草履、わらじ、果物や他の品物を、 値段を貼ってならべ、持ち主は誰もいない。人々はそこへ行って正札どおりの金を置き品物をもっていく。 誰もここで盗難が起こるとは思っていない。

鷹山の役所では、きまって重役がいちばん貧乏である。藩主の愛顧と信用を得ている筆頭家老は、 その暮らしを見ると、衣食は貧しい学生と変わらない。

税関も無く自由な交易を妨げるものもない。しかし密輸などは企てられたことが無い。

世襲制の封建時代にあって、民の将来の幸福は、藩主がどんな後継者を残すかに左右されるのを知っていたため 「大きな使命を忘れて、自分の利欲の犠牲にしないため、『貧しい人々への思いやり』『民の父母となること』」を子供らに養いました。

誰もがしり込みするような破綻にあえぐ上杉藩。15万石に減らされたにもかかわらず、百万石の家臣を抱え、 慣習・しきたりをそのまま踏襲、貧困が全領覆う状態であったものを、家計の支出を5分の一に切り詰め、毎年の家来の手当ても半分に減らし、 自分自身も、木綿を着、一汁一菜を越えず、それにより実現した貯金を、積もった藩の負債の返済に当てること15年。 『民の幸福は治者の幸福』をモットーとした。

posted by さよちゃん at 12:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月15日

西郷隆盛―侍魂を持った新日本の創設者

『正義』を愛し、 外国に従属する危機感を最後に感じ取った哲人―

  『日の本よ、 なんじの門のうちにとどまれ、召し出すまでは世界と交わるな』―日本が『天』の命をうけ、 はじめて青海原より姿を現した時の指示を二千余年守り通し1867年11月14日3世紀にわたる徳川幕府は政権放棄、 将軍の二条城からの撤退、翌1月3日伏見の戦いで官軍勝利、西郷は東海軍を指揮、4月4日江戸城官軍に、さらに天皇に明け渡されました。 鎖国から、岩倉・大久保・木戸ら(すでにユダヤに汚染)により西洋の良いといわれるさまざまな制度が持ち込まれました。 西郷の朝鮮使節派遣に対して、岩倉たちは一致して、ありとあらゆる権謀術策を用いて自分たちの方針を押し通すことに成功。 腐った政府とは縁を切ろうとして、辞表をたたきつけ、自分の功労によって樹立された政府に、ふたたび加わることは無かった。岩倉とその一派 『内治派』の思惑どうり、国は文明開化一色となった。それとともに、真のサムライの嘆く状況、手のつけられない柔弱、優柔不断、 明らかな正義をも犠牲にして恥じない平和への執着などがもたらされた。

西郷の文明の定義=文明とは正義の広く行われることである。

豪壮な邸宅、衣服の華美、外観の壮麗ではない。

『敬天愛人』=天を敬い人を愛す

 『命もいらず、名もいらず、位もいらず、 金も要らず、と言う人こそもっとも扱いにくい人である。だが、このような人こそ、人生の困難を共にすることの出来る人物である。 またこのような人こそ、国家に偉大な貢献をすることの出来る人物である。』

 『正道を歩み、 正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足できる交際は期待できない。その強大を恐れ、和平を乞い、 みじめにもその意に従うならば、ただちに外国の侮辱を招く。その結果、友好的な関係は終わりを告げ、最後には外国につかえることになる。』

 『徳に励むものには、 財は求めなくても生じる。したがって、世の人が損と呼ぶものは損ではなく、得と呼ぶものは得ではない。いにしえの聖人は、民を恵み、 与えることを得とみて、民から取る事を損とみた。』

道は一つのみ『是か非か』

心は常に鋼鉄

貧困は偉人をつくり

功業は難中に生まれる

雪をへて梅は白く

霜をへて楓は紅い

もし天意を知るならば

だれが安逸を望もうか

posted by さよちゃん at 12:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

中江藤樹(中江兆民)=近江聖人のこと

 戦後教育の結果が人心の荒廃を招いた―

  『日本人諸君は異教徒にしてはもっとも懸命な国民にみえる。どのような教育を授けられてきたのか』と言う諸外国の質問に答えて曰く、 『私どもには、学校教育があった。それもなかなかのものだ。私どもは「十戒」のうち少なくとも八戒は母の膝にいる間に父の口から学んでいる。 力は正義ではないこと、天地は利己主義のうえに成り立っていないこと、

 泥棒はいかなるものでもよろしくないこと、 生命や財産は、結局のところ私どもにとり最終目的にはならないこと、その他多くのことを知った。学校もあり教師もいたが、 それは西洋にみられ、今日わが国でも模倣しているような学校教育とは、まったくちがったものである。まず第一に、 学校を知的修練の売り場とは決して考えなかった。修練を積めば生活費が稼げるようになるとの目的で、学校に行かされたのではなく、 真の人間になるためだった。さらに私どもは、同時に多くの異なる科目を教えられることは無かった。 私どもの頭脳が二葉しかないことには代わりは無く、沢山はないのである。昔の教師は、 わずかな年月に全知識を詰め込んではならないと考えていたのである。真に賢明なことであった。

 第二に、 魂を持つ人間を牛や羊のようにクラスに分けて教えることもなかった。人間は分類してまとめることのできないもの、一人一人、顔と顔、 魂と魂とをあわせて扱わなければならないとした。それぞれの持つ肉体的、知的、霊的な特性に従って教えられた。 ロバと馬とが同じ引き具をつけられることはなく、ロバが叩きのめされて愚かになることも、馬が駆使される余り、 秀才の早死に終わる心配もなかった。現代にみられるような適者生存の原理にもとずく教育制度は、 寛大で人を愛する真の人間の養成には向いていない。先生とは先に生まれたのみならず、 心理を先に了解した人と言う意味で、先生と呼び、師と弟子の関係で、最もこまやかであった。キリスト教徒が「全て古いものを捨てて、 新しい物を受け入れよ」と言うことは納得できない。「古いものが悪いものではなく、新しい物が必ずしも全て良い物でも完全なものでもない。」 ※日本改悪に対する危機感を感じていた。

以上はユダヤに毒される前の内村鑑三の「日本の先生―中江兆民」を紹介する前文である。

 さて、 その近江聖人と今にも慕われている人となりを紹介。11歳のとき、将来の全生涯をきめる大志を立てたといわれる― 『天子から庶民にいたるまで、人の第一の目的とすべきは生活をただすことにある。』・・・聖人たらんとして成り得ないことがあろうか!と。

 そして、変わった教えが一つ― 弟子の徳と人格を非常に重んじ、学問と知識とを著しく軽んじた―「学者とは、徳によって与えられる名であって、学識によるのではない」と。 藤樹は無神論者ではありませんでしたが、人為による『法』と外在的な『道』とを明確に分け、わが国の神々に対して深い敬意を表していました。 そして、『願い事』のような性格に繋がるあらゆる宗教がきらいでした。近年、近江(滋賀県)の人々は、 あの大湖=琵琶湖の水を再生させました。やさしく慈愛に満ちた人々の中に聖人の教えが脈打っている。

posted by さよちゃん at 12:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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