2006年06月10日

数の暴力を叡智で切り抜ける

 

少数意見に耳を傾ける田中知事は民主的ではないのでしょうか?

大正デモクラシーの名の元、西洋民主主義を取り入れた日本は「報道」を操り何をしてきたか。速やかに検証する時にきている。 報道ひとつで民衆をいとも簡単に操作できることを知っていた列強国はさすがと言うほかない。彼らは常に情報操作=多数決で「戦争」を仕掛け、 植民地を広げていった。彼らの発明した「民主主義」とは何でしょうか。 この世で一番は人間であると言う考えから自然をコントロールできると勘違いしてきた結果はどうでしょうか。世界の気象は常に「異常」となり、 支配は[反動]を生み出してきた。多くの欲求のもとで、文明が発達し文化は後退。今、日本国内で起きている事を見渡せば「民主主義」 の後遺症がはっきり現れたのでは。私たちは「自然の一員」といわれますが、謙虚にこの言葉を理解したら 「自然主主義」という生き方に変更できないか、「この世で一番は自然である」と。日本には昔から 「天なる父、母なる大地」という考え方があった。

田中県政が「破壊から再生・保護」へとシフトしたことには大変な意義を感じます。自然にとって良い生き方の模索を、 そして改めて多数決とは、一般民が高い見識を持つことで初めて可能な手段ではなかろうかと思うのです。 よく「知事はものごとを思いつきで勝手に決めてしまう」と言う声を耳にしますが本当に勝手だろうか。軌跡をたどれば、結果はいつも「良い」 結果を生み出している。そして今は、知事の速やかな判断に頼らざるを得ない状況である事を認識する必要があるのでは? 未来予測のできる高い見識を持つ首長を頂いている私たち自治体は幸いなるかな、 ほかの多くは打つ手なしの債務を背負い込み増やし続ける中で、ダントツに減らし続けているのである。 職員や県民のアイデアを取り入れることは多数決つまり民主主義に反することともいえますが、 田中知事は民主主義の名の元で行われる数の暴力をノーとしたのです。人は理解できないことは「拒否」します。私たちに必要なことは、 知事の手腕を信じることと同時に「一緒に考える」こと。理解はその過程で生まれます。任せて後で文句をいう癖を改め速やかに「共に考える」 ことが必要なのです。決断を下す知事を悪者にしてはいけません。債務返済についても知事任せでなく私たちも考えなければなりません。前県政・ 前議会お任せの結果の負債1兆6千億円、一丸となれば必ず返せます。アイデアの情報交換をしていきましょう。

人間社会の5% の法則=世の中を変える推進役

1)真っ先にアイデアを実行に移す―5%

2)あの人の後なら間違いないとついていく―20%

3)どうしようかおずおずついていく―50%

4)怖い、どうしよう、じっとしていよう―20%

5)とことん動かない―5%

あなたはどこに属しますか。 あなたの決断次第で世の中を変えられるのです、いかが?

 

posted by さよちゃん at 14:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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