2005年11月15日

西郷隆盛―侍魂を持った新日本の創設者

『正義』を愛し、 外国に従属する危機感を最後に感じ取った哲人―

  『日の本よ、 なんじの門のうちにとどまれ、召し出すまでは世界と交わるな』―日本が『天』の命をうけ、 はじめて青海原より姿を現した時の指示を二千余年守り通し1867年11月14日3世紀にわたる徳川幕府は政権放棄、 将軍の二条城からの撤退、翌1月3日伏見の戦いで官軍勝利、西郷は東海軍を指揮、4月4日江戸城官軍に、さらに天皇に明け渡されました。 鎖国から、岩倉・大久保・木戸ら(すでにユダヤに汚染)により西洋の良いといわれるさまざまな制度が持ち込まれました。 西郷の朝鮮使節派遣に対して、岩倉たちは一致して、ありとあらゆる権謀術策を用いて自分たちの方針を押し通すことに成功。 腐った政府とは縁を切ろうとして、辞表をたたきつけ、自分の功労によって樹立された政府に、ふたたび加わることは無かった。岩倉とその一派 『内治派』の思惑どうり、国は文明開化一色となった。それとともに、真のサムライの嘆く状況、手のつけられない柔弱、優柔不断、 明らかな正義をも犠牲にして恥じない平和への執着などがもたらされた。

西郷の文明の定義=文明とは正義の広く行われることである。

豪壮な邸宅、衣服の華美、外観の壮麗ではない。

『敬天愛人』=天を敬い人を愛す

 『命もいらず、名もいらず、位もいらず、 金も要らず、と言う人こそもっとも扱いにくい人である。だが、このような人こそ、人生の困難を共にすることの出来る人物である。 またこのような人こそ、国家に偉大な貢献をすることの出来る人物である。』

 『正道を歩み、 正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足できる交際は期待できない。その強大を恐れ、和平を乞い、 みじめにもその意に従うならば、ただちに外国の侮辱を招く。その結果、友好的な関係は終わりを告げ、最後には外国につかえることになる。』

 『徳に励むものには、 財は求めなくても生じる。したがって、世の人が損と呼ぶものは損ではなく、得と呼ぶものは得ではない。いにしえの聖人は、民を恵み、 与えることを得とみて、民から取る事を損とみた。』

道は一つのみ『是か非か』

心は常に鋼鉄

貧困は偉人をつくり

功業は難中に生まれる

雪をへて梅は白く

霜をへて楓は紅い

もし天意を知るならば

だれが安逸を望もうか

posted by さよちゃん at 12:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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