2005年11月17日

上杉鷹山=封建時代の政治家―米沢藩にみる聖人の治政

東洋の思想の一つの美点は、 経済と道徳とを分けない

 東洋の思想家たちは、 富は常に徳の結果とみた。鷹山の純粋な社会改革を記す。

その一 公娼の廃止 廃止すると情欲のはけ口を断たれ、 別のもっと凶悪な方法で社会の純潔を危険に晒すという反対論に対し、『もしも情欲がそんなことで鎮まるならば、 そのためには数知れない遊郭が必要になろう』と。廃止により何の社会的不都合も生じなかった。

その二 伍十組合と五か村組合

  1. 五人組(戸主を数える、以下同)は、 同一家族のように常に親しみ、喜怒哀楽を共にしなければならない。

  2. 十人組は、親類のように、 互いに行き来して家事に携わらなければならない。

  3. 同一村の者は、 友人のように助け合い、世話をしあわなければならない。

  4. 五か村組合の者は、 真の隣人同士がたがいに、どんな場合にも助け合うように、こまったときは助け合わなければならない。

  5. たがいに怠らずに親切を尽くせ。 もしも年老いて子のない者、幼くして親のない者、貧しくて養子の取れない者、配偶者を亡くした者・・・等、 五人組が引き受けて身内として世話をしなければならない。五人組の力が足りない場合は、十人組が力を貸し与えなければならない。 もしもそれでも足りない場合は、村で困難を取り除き、もしも一村が災害でなりたたない危機に陥ったならば・・・四村は救助に応ぜよ。

  6. 善を勧め、悪を戒め、倹約を推進し、 贅沢をつつしみ、そうして天職に精励させることが、組合を作らせる目的である・・・・。※家族主義は活気をもたらす。

米沢には『棒杭の商い』と呼ばれるものがいる。人里離れた道の傍らに、草履、わらじ、果物や他の品物を、 値段を貼ってならべ、持ち主は誰もいない。人々はそこへ行って正札どおりの金を置き品物をもっていく。 誰もここで盗難が起こるとは思っていない。

鷹山の役所では、きまって重役がいちばん貧乏である。藩主の愛顧と信用を得ている筆頭家老は、 その暮らしを見ると、衣食は貧しい学生と変わらない。

税関も無く自由な交易を妨げるものもない。しかし密輸などは企てられたことが無い。

世襲制の封建時代にあって、民の将来の幸福は、藩主がどんな後継者を残すかに左右されるのを知っていたため 「大きな使命を忘れて、自分の利欲の犠牲にしないため、『貧しい人々への思いやり』『民の父母となること』」を子供らに養いました。

誰もがしり込みするような破綻にあえぐ上杉藩。15万石に減らされたにもかかわらず、百万石の家臣を抱え、 慣習・しきたりをそのまま踏襲、貧困が全領覆う状態であったものを、家計の支出を5分の一に切り詰め、毎年の家来の手当ても半分に減らし、 自分自身も、木綿を着、一汁一菜を越えず、それにより実現した貯金を、積もった藩の負債の返済に当てること15年。 『民の幸福は治者の幸福』をモットーとした。

posted by さよちゃん at 12:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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