2006年05月10日

誰が望む旧態県政

 

自民も民主も県議会も団子になって談合候補擁立か―

田中知事の近著に、羽田孜氏が首相を務めていたころからのバトルが掲載されていた。こんなに早くから、鋭い臭覚をもって政界の 「疑惑」を追及していたことに驚く。本人はいたって淡白に「ムキにかみついてくるともっと奥に何かあるのか勘ぐりたくなる」と。羽田氏は、 あの最短(僅か4ヶ月)在任中に 「タイ米30万トン通年契約」と言うとんでもない約束をした日本農業破壊者であり、多くの東南アジアの人々の飢えを加速させた。 圧巻は16千億もの借金を県民に背負わせた「冬季オリンピック誘致奨励者」。 あんな短い間によくぞやってくださいました。底辺にいる人々への思いやりの心が欠けた、政治家としてあまりに鈍感な人だったのでしょうか。 札束でほっぺたをひっぱたく外交のみならず、札束で国民を結果として欺いてしまった。取り返しはつかない。さあ、まだ続けるのでしょうか? そうです。目の上のたんこぶ「田中康夫」を何としてでも引き摺り下ろしたいところ。でも県民はバカではありません。

羽田孜という人のレベルは、もう「納得」しません。上か下かの問題ではなく、「良心が痛む」施策はもう沢山なのです。 氏がやるべきことは「過去の過ちを繰り返さないこと。身の丈以上の事を慎むこと」なのです。「国の立場で失敗した人の自覚」 をしっかり持ってほしい。いつまでも民主党の頭に立って醜態を晒すのではなく早々に後進に道を譲るべきです。田中知事になって、 すっかりあきらめていた「世直し」ができるのだという希望が持てるようになった。

希望」この忘れてしまいそうな人としての基本的な感慨を、知事は県民にもたらした。 安っぽい高名心など少しも持ち合わせてなどいない。県民を利権のおぞましい坩堝から救い出そうとしている。もう誰にもこの「希望の火」 を消させはしない。そして、私たち長野県民は二度と同じ過ちは繰り返さない。

田中知事が国に先駆けてやってきたすばらしいこと。

.脱ダム宣言―欧米では日本の川は 「滝」だという。土石流ですぐに埋まってしまうようなそんなところにダムなんてとんでもないと。浜辺がなくなり、 国土が削られていく事実をどうする?2.知事のアイデア「木製ガードレール」他県はどんどん実施。 国が出す補助金で森林整備ができるというのに。3.都会と同じ学校給食に抗議を込めて我が子三人「弁当持参」 がなつかしい。あっという間に「地場産導入」の離れ業、知事の手腕が冴えます。

まだまだ報道さえされないことが沢山あります。あなたはどれくらい数えられますか?

さあ知事、出馬の準備をしてください。 万端整えてお迎えいたします。

 

posted by さよちゃん at 14:20| 県政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

時代を先取りできる人

 

真っ当な人間が真っ当に生きれる社会づくり―

パソコンソフト「ウィニー」の出現で、『住基ネット』の怖さを実感した人が何人いただろうか。田中知事の先見性にただ脱帽である。 インターネットが個人情報を垂れ流す元凶となり、改竄もお手の物である事を示唆している。さらなる警告を発し続ける。

人は『変化』を好まない。なぜなら『楽』をしたいからである。固まった価値観を変えることは、一時の『自己否定=死』に等しい。 だれでも自分を否定されたり、やってきた事を拒否される事を好まない。そういう意味で、田中知事は『死』を恐れない。若いころから『否定』 されることに慣れてきた強みがある。価値観を変えるには大変な(エゴを取り除いた)智慧を必要とする。 汚辱まみれの世の中で終生変わらぬ正義感も強みです。

今、長野県人は『価値観の選択』を迫られている。

『古い価値観を捨てる』ことには、さらなる体力(精神的体力) を必要とする。  

『田中知事と一緒に新しい時代を切り開いていこう!! 』

私たち日本人はさまざまな犠牲の上に『繁栄』を経験しました。しかし、多くの大切なものを失いました―『自他一如=貴方も私も一緒』 『天なる父・母なる大地に感謝する心=全ての全てに感謝する心→農を蔑ろにし、食を蔑ろにし、命を蔑ろにしてきた』。

お金が万能になって久しい。お金がなければ生きて行けないとすっかり洗脳されてしまったが、『お金の価値は普遍』 と言う価値観を植えつけられただけに過ぎない。石油の高騰で儲かっているのは「ブッシュファミリー=巨大企業」のみ、株も証券も。 貨幣制度のカラクリの滑稽さに気づいてもいい頃です。お金は一箇所に集まると回りません。回らなければ、お金は死ぬのです。つまり、 価値を失うのです。私たちはそろそろ、生きたお金を考えるときに来ています。独り勝ちするようなお金など「NO」と言おう。

建設・土木業がいま行き詰っているというが、それらにしろ、農業にしろ、行き詰まりの原因は、戦後以来の『自民党政権』 の結果である。小泉が最大・最悪の姿をさらけ出したに過ぎない。大企業を優遇し、地方を切り捨て、政党だけが醜くうごめいてきた。 助けるべき同胞アジアを捨て、何と国民まで捨ててきた。税金と言う『金権』を正しく運用するには、政治が聖職であると『自覚』 する人が采配を振るうしか方法がないのです。 

民主党の小沢氏は過去にアメリカに深く浸透した経緯を持つが、手の内を知っていると言う意味において『彼らの価値観』 をぶった切ることができると期待したい。田中知事は怯むことがまったくなく、『中国の価値観』をぶった切ることのできる強靭な精神を持つ。 この二人が連携したら、それこそ『世界の価値観』をぶった切ることができる。 

さあ、わたしたちもただ傍観しているわけには行きません。どんな力が出せるか。 

地方と国と世界を変える為に、私たちは「今生かされている事」を自覚しましょう。

先ず田中知事のもとで長野県を真っ当な『国』にして、 見本となりましょう。

 

posted by さよちゃん at 14:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月31日

平成維新は長野から ―ガセネタで国も地方も大騒ぎ―

 

前原が党首辞任、永田がやっと辞職。でも、民主党には望まない。

地元議員―自分の選挙なのに、言われるままに無関係な人の批判を言う組織人と化した人。 人形のように上の命令で支持もしていない人物の選挙にお愛想を振りまく。もはや望みは託せない。今、県政にちょっかいを出そうとしている。 自民と民主は同じ事を言う、「田中を落とせ」と。在ろうことかマスコミを牛耳る人々と提携するとは。 こんなにも人の顔色を伺う党派とは何ぞや。

田中知事の言う「ウルトラ無党派」の意味をしみじみと噛みしめる。そして、私なりの作戦を練り直す。脱化学―自然と農業を守ること― で再挑戦。20年じっくり暖めてきた事を思う存分発揮するまでだ。もう、躊躇なんかしていない。農業をだめにしたのは自民党である。 化学汚染を、地球にばら撒いている企業が闊歩しているのである。中国の惨状を見よ!日本人が指導した化学農法で被害が農民ばかりでなく国民、 さらには我々にも、そして海も空気も!

私はすばらしい先輩にめぐり会えた。しなやか会副会長・宮沢まさ代さん。貴女様に会えた事を誇りに思う。 苦労を苦労とも思わず乗り越えてこられた。

そのおおらかさ、豪快さ、そして正義感に燃えた直感。人への暖かさ、思いやり、どれもこれも頭の下がることばかり。 こんな素敵な方が知事を、長野を支えてくださっている。今まで、「でしゃばるな」「男の言う事を聞いていればいいんだ」と言われ続けた。 言うことも言えず我慢してきた結果はどうか・・・。

 田中知事は、幼いころからの「正義感」 を少しも傷つけられることなく、持ち続けている稀有な人である。大人社会の不正を「歌」にして遊んだと言うエピソードを聞くにつけ、 不正には決して「妥協」が出来ない人でもある。

押しつぶそうとする「勢力」は何か。私たちも、しっかり見極めていかなくてはなりません。 国はアメリカの言いなりに次なるターゲット「イラン侵攻」を許すのでしょうか。その次はアジアですよ!戦争産業いつまで?

女衆が目覚めなければ、この連鎖は食い止められない。もう「男社会の言いなり」という無責任時代を終わらせなければなりません。

「おばさん的発想」を標榜する田中知事、未来を的確に掌握できる人にしっかりついていきましょう!長野で起きることは、 国でも起きることがわかりました。長野で解決することは、国でも解決できるのです。長野の改革は国の改革なのです。国会議員は、 県の代表者ではありません。党利党略という数の暴力は、「百条委員会」で学習しました。もう決して許してはなりません。

わたしたちは、長野県を守ります。国を守ります。

posted by さよちゃん at 14:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月12日

墓穴を掘った県議会 ―百条委員会のお粗末―

 

2月10日で百条委員会の調査が終了した。悪質な違法行為など最初からありはしないのに、ただひたすら「面子と利権」 に汲々としてきた会派の行き着く先は、「嘘」をでっち上げてでも「知事叩き」が必要だったのか。終わってみれば、 ボロがぼろぼろこぼれ落ちてきた。先の証人喚問にて、現職の岡部某の、「メモ」が「メール」だったと訂正すれば、 後に続く証人も慌てて訂正する始末。おかしい、何かあると思っていたところ、県議の北山早苗氏の報告(2月11日)で確証を得る。そもそも 「働きかけ文書の非公開」は岡部某の「独断」によるものと言う事が判明したのだ。ところが、この事実を指摘した北山議員の主張は、 反対多数で否決されたと言う。当初の岡部某の意味深な言葉に色めき立ったマスコミ・県議会は、 「これで田中知事を追い詰めることができる!」 と小躍りしたことだが。以下、あおぞらの北山議員の文書の一部を紹介する。

  闇に葬りたい理由は1つ

「9日に知事室に呼ばれて指示をされた」と言う岡部証言から、百条委員会が始まった。これを覆せば、それこそ、 百条委員会そのものの存在意義が問われるからだ。知事の無実を証明することだって、百条の使命だったはずだ。ところが、あおぞらが主張する 「8日から動き出したのは、岡部氏の『独断』の、『独断』を「(9日以降に)破棄の報告を送っていたにもかかわらず、 知事は破棄を止めなかったから、岡部氏の『独断』ではない」とすり替えた上、知事は破棄を容認したとして、「指示していない」 と言った知事を偽証としてしまった。百条は、知事選を睨んだ田中降ろし、政治闘争が目的だからだ。事実を認めず、すり替え、 ねじ曲げた長野県議会・百条委員会は、県政の歴史に大きな汚点を残してしまった。詳しくは、http://sanae.voicejapan.net/       以上。

(*議会で可決されれば「告訴」となり、金をかけてさらに墓穴?!)

正義は「勝つ」のである。私利私欲と無縁の知事を叩くのには最初から無理がある。住基ネット問題も、 証人喚問に立った職員の言を借りれば「問題意識を持ってもらうには良いことだったと思う」と。また、振込みサギに関する県独自の取り組みは、 犯罪が減り金融庁も一目置く存在となっていると言うことを付け加える。知事のすばやい判断は有益で常に利他。

県民に向いている知事と真っ当な議員対私利・党利、永田町を向いている多くの議員。県民はさらに賢くなりました。 前県政からすっかり腐りきってしまった県議会。周りを見回して御覧なさい。田中知事のアイデアは次々と他県が取り入れ、 政府も注目しているというのに。いい加減に目を覚ましなさい。

posted by さよちゃん at 14:09| 県政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

唯物・拝金主義を超えた田中県政

 

良心を欠いた欧米(ユダヤ) 民主主義に毒された政党

民主党が「田中県政を評価する」として取りまとめた文書が先ごろ出された。 自民党が騒いでいることとどこがどう違うのかさっぱりわからない。思えば、彼らの多くは元自民党出身で、 利権や宗教組織の票を頼りに生きながらえてきた者ばかりである。前県政のお手盛り腐敗を推進してきたその延長線に乗っかっているに過ぎない。 そのいい例が、世界にその恥を晒し、悪しき前例を作ってしまった賄賂オリンピック誘致。マスコミ・ 政財界すべからく芋づる式に毒を吐き出さない限り、長野県民のトラウマを解消する術はないにもかかわらず、 封殺をもくろむ手段として一致団結して田中知事追い落としに躍起である。県民として恥ずかしく、情けない限りである。 マスコミの意図的とも取れる品格を疑うような報道を目にするたびに、ますます良心に働きかける真っ当なネットワークによって、 この山紫水明な長野県に生きるものの使命として、おぞましき穢れを払いのける努力を続けなければと真に思うこの頃である。

 いったいこんな恥かしい価値観がいつからはびこってしまったのだろうか。民主主義の第一に挙げられる価値観はなんといっても 「個人の尊重」があげられる。個人の利益が犯されない事を最上としている。だから、政治家の多くは、「公」を忘れ己の利益、 組織の利益を得ることに汲々としてしまう。本末転倒もはなはだしい。政治家は3日やったら止められないという。事実私の市には 「年にわずかの参加で大金を手にできる」との給う市議がいるらしい。不届き千万、そんな感覚で政治に関わって欲しくない。 もちろん県会議員や国会議員にも言えることである。田中知事は全国に先駆けて、緊縮財政を施行した知事である。「公」 である立場をこれほど自覚した政治家が居ただろうか。自らの歳費を潔く削減しているのである。県会議員ときたら、 政務調査費まで貰っていると言うのに。百条委員会では、350万とも言われる税金を使っている。私欲に走っているのはどっち?

自民も民主も知事の施策の失点に「浅川ダム」代替案云々をとりあげているが、 400億がすでにばら撒かれてしまった=利権の象徴。 そして農民は前県政に騙されるように判を押してしまったのである。曰く「沼地のような土地を、宅地として売れるように」と。 さらに新幹線用地買収にしても、まだ県政建て直し中でそんな余裕すらないにもかかわらず急き立てるところを見ると、これも 「すでにばら撒かれた後なのか」と疑ってしまう。

これからは、長野県が見本となって「日本的な民主主義」を発信していかなければと思う。オリンピックの疑惑を晴らすために、 田中県政に協力すべきは、罪を犯した自民・民主のあなた方なのですよ。欧米ユダヤに毒されたあなた方も被害者ならば、共に手を取り、 まともな「公」としての政党政治を長野県から始めては見ませんか?!

世界を変えるのは日本しかない事を自覚するときではないでしょうか。

posted by さよちゃん at 14:15| 県政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月06日

田中県政を死守せよ

 ―ひとりひとりがリーダーシップを取るとき―

欧米(ユダヤ)が最も嫌うこと

1)自然征服を根拠にした科学が否定されること

2)世界で唯一選ばれた民であることが否定されること

3) 国家あるいは組織に寄生することで繁栄してきたことが否定されること

1) あらゆることは命を宿さない「物=死物」からなるという科学を全面的に見直すときにきています。詭弁の科学が世界を席巻し、 商売が成り立った。実験すれば、いとも簡単に証明できるのにもかかわらず、だれもやろうとしない。ある科学者曰く「そんな事を言ったら、 君は殺される。世間が認めるには100年早い・・・」と。しかし、すでに狂った論理が限界に来ている。黙殺されたフランスの「ケルブラン」 の学説を真摯に受け止めるときにきています。原子から生命活動つまり、意思をもつ。地球が意思を持つのは当然=地球ガイア説(イギリスの 「ラブロック」=ペンシルロケットで今話題になっている故細川博士が過去に日本に招聘した)。

2) 「ユダヤ5000年の教え」なる本がある。何と5千年に亘って「怨念」を伝承してきているのです。唯物主義・拝金主義、 彼らは見事に滅びの制度を世界中にばらまきました。民族の伝統を壊しては乗っ取り、イギリス、フランス・・・アメリカはいいように蹂躙、 さて残るは、東アジア=黄色いサルははやく一掃してしまいたいところ。

小泉は祖父から手先でがんばってきた。日本の天皇制の、弥生時代以前を紐解く時代に入ったようです。 彼らが一番恐れていることは、『怨念』を持つ彼らの呪縛が、 逆に意味を成さなくなること。封印されてきた世界に類を見ない縄文時代とはいかなる時代か。

3) イギリスの紙幣もアメリカの紙幣も民間銀行で印刷されています。大蔵省がいつの間にか財務省に代わりました。H13.1.6森から小泉にバトンが渡されるわずか3ヶ月前、 大臣は宮沢。アメリカの言うなり、おんなじ名称に。株を薦める国家の首長、株で翻弄される国家経済、 国会議員も株専属に秘書をあてがう国日本。「株式」 と言う乗っ取り手段は国を丸ごと買えるまでに巨万の富を彼らにもたらした。あらゆる物を犠牲にして。

しかし、「もういやだ」と、世界中でこの限界に悲鳴を上げ始めました。 いえいえ、地球自身が悲鳴を上げ始めました。田中知事は地球レベルでものをいい、現代風の分かりやすい方法で訴えます。『正気に返れ』と。 ほどほどの生き方をせよと。借金を返すまで、相応に生きようと。田中知事たった一人の発言が、国を動かすのです。多数決(「議会制民主主義」 これも彼らが考えた・・・)の暴力からようやく真っ当な動きができるようになった!

あらゆることに今ストップがかけられています。 じっくり考えなければいけないときにきています。このまま、奈落の底に引き込まれ、彼らの「奴隷」 として子々孫々まで続けるのか。人間として生まれてきた目的をまっとうする生き方を選ぶのか。1%に掛けよう!

田中県政を死守することが、日本のみならず、 世界中が目を覚ますきっかけになるのです。

posted by さよちゃん at 13:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月18日

身土不二そして温故知新

 

商家に嫁いで、お金はいらないからお百姓をさせてくれと家人に頼んで、米・味噌・醤油・野菜の自給をはじめて、 あっという間に三十余年にならんとしています。さらに、 土に触れる生き方がどんなに大事であったかと言うことに気づかせて貰った三十余年でありました。私の子育ての時代は、高度成長真っ盛り、 そして、食品添加物、合成洗剤、化粧品の害、化学肥料・農薬、あってはならないアメリカスリーマイル島及びソ連チェルノブイリの原発事故等、 さまざまな化学汚染に取り巻かれていた。

幸い身近な先輩方に問題意識を持った方々が居り、一緒に勉強する機会を得たことは幸いであった。また、子育て中の母親が集まって 『子供の未来を考える親の会』を作り、さらに勉強会を重ねた。西洋栄養学もおかしいと気づき、肉食偏重を改め、「健康は台所から」 をモットーに食生活に注意を払う。その当時は、学校給食にも疑問を持ち、七年も腐らないメリケン粉でつくられるパン食を拒否、また『特選米』 なるものが、古古米、古古古米のブレンドということに驚き、『次代を担う子供たちが犠牲になる』ことに抗議を込めて、 体質改善という名目で給食費を払いつつ、三人の子は弁当持参。近年「食育」が叫ばれ、地物野菜が供されると言う話を耳にし、感慨を覚えます。 体は食べ物で作られるのです。日本人は、欧米人と違い腸は気候・風土=「穀・采食」に合わせて、長いのです。 大腸ガンが多く発生している現在よくよく考えて欲しいことです。

原発事故の年、私は『身土研究所』を立ち上げました。身と土は二つに不あらず=土が健康ならばそこに出来る作物は健康であり、 それを食す人は健康である=作物は土が変化した物である=母なる大地から作物と言うお乳を頂いているのである、 土の変化したのが私たち―『土から離れてはいけない』と本能的に実感。化学肥料を減らし、農薬も減らす、あるいはそれに代わる資材の提供、 と奔走しました。

なかなか理解がされなく、十年が瞬く間に過ぎました。何度も挫折、赤字続きで出支も多く、仕事とすることは出来ませんでした。 いつか、当たり前に受け入れられる日が来ると、わずかに農家数軒との繋がりに限り、後はひたすら田畑に専念しました。一時、 飯山で周りの制止も聞かず、たった一人で2町歩(2ha)近くを耕し、小麦、そば、あわ等に挑戦したこともありました。 いずれにしても、豊かな日本の大地が傷つき,一方では命を育むはずの農作物が経済ベースに乗せられ、安い輸入品に押され、 耕す主人もなく放置されてしまった農地が不憫でならなかったのです。これでいいのか、日本はどうなってしまったのか、 ただただつらく切ない日々を過ごしました。今少しずつですが、若者のみならず、 一般の人たちの中でも共同で作物を作ろうと言う機運が出てきたことはうれしい限りです。ぜひ、昔は当たり前だった、 小麦作りにも挑戦していただきたく思います。また、食生活の基本になる味噌・醤油も自前で作りましょう。

さて、「自然回帰ミネラル農法」と名づけた栽培法、細々と続けていた農家からの報告があります。 果樹栽培において植物ミネラルを栄養剤として、農薬と一緒に散布することで、農薬使用量が, 三分の二から2分の一に減らすことが出来るようになり出費が減り助かる、また、ハウス栽培のブドウでは、ほぼ、無化学農薬栽培を実現した、 と言う報告をいただきました。施したミネラルにより味も鮮度も抜群に良くなり、お米もどうしてこんなにおいしくなったかと喜ばれる等々。 試行錯誤十五年余、やって来てよかったとつくづく思いました。

もうひとつ、土いじりを通して、私は二人の不登校生と出会いました。中学生の生徒はとても落ち着きがなく、 自分をコントロールできず、昼と夜が逆転した生活をしているために、通常の学校生活ができません。 両親も兄も仕事上逆転した生活サイクルを送っているために幼少より体内時計が狂い犠牲に。 また容易に薬に頼ったために人格まで傷つけてしまったようでした。基本になる「規則正しい生活」、 それがなかなかできない現代社会とは何と受難の時代でしょうか。もう一人、小学生のその子は、とてもまじめでしっかりしていました。 なぜ学校へ行けなくなったか、ポツリポツリ話してくれました。「あのね、ころころ時間が変わるんだ。もっと同じ勉強を続けたいと思っても、 取り上げられちゃうんだ。次の時間も、次の時間も・・・。落ち着いて勉強なんかできないんだよ学校は。」これは、とても示唆に富んでいます。 昔の寺子屋は、読み書きそろばん以外はあれもこれも頭に詰め込ませることはしませんでしたし、 頭は二葉しかないため幼い頭に沢山の事を詰め込むことは良くないことだと心得ていたのです。そして、戦後の教育を受けた私たちは、 馬車馬のようになって駆け抜けてきましたが何かを失いかけているような気がします。とても大切なものを。抹殺された修身とは、国学とは?。 西洋式は何か変です。

昨年の山口村越県合併問題から俄然政治に興味を持つようになりました。何度も、山口村に足を運び村人の意見を聞きました。 チラシも作って配りました。反対を叫んでいる人のほうが正論のような気がしました。首長と役場職員がこぞって賛成工作をしていました。 終わって見れば、市会議員に納まった元首長はいま「こんなはずではなかった」とぼやいているそうです。 総ヒノキの学校も天然記念物の植物園も、関わる職員を雇うこともできず荒れるにまかせています。 さまざまな援助がなされると思った合併後はあらゆることが反故にされ、借金は3倍に増えた計算に。話が違うと騒いで見ても、とんだ 『寄らば大蛇の影』だったわけでした。

今、小泉政権の下、さまざまな改革の名のもとに審議され、決定がなされていきますが、「アメリカ(ユダヤ)の言うなり」 には閉口します。

いつからどうして、こんな政治がはびこる様になったかとあらゆる情報・書物を紐解いて見れば、あるわあるわ、 気が付けば九十九パーセント汚染され、後の祭りに近し。けれども、残る一パーセントに望みを託して見たくなりました。なぜか? 前歴が私を支えてくれています=「継続は力なり」。

生きているうちに、こんなことに気づかせてくれた天に感謝。なぜ天か?古い書物には、天の御中の主という神様が、 この地を造られたという。でも一番は、夫か?そう、今まで感謝の足りない不平不満の塊のような私を、 辛抱強く我慢してくれていた夫がいたから、好きな研究・勉強ができたのです。

世の中の主婦の皆さん、どうかご主人を大切に。男は、女がまともになるのを待っているのです。私は、ずっと長らく、 『こんな社会にしたのは、男が悪い!』 と思ってきたのです。敵は男である夫でした。そうではありません。やさしい男は女が作る、思いやりある社会は、 思いやりある女が居て初めて形成されると気づいたのです。世の中は、家庭が核になります。そこからスタートだと今頃やっと気が付きました (横道に逸れました)。

戦後教育は、男女同権、競争、学歴偏重、個人の自由が尊重されました。思いやりが欠ける自由と個人主義が蔓延してしまいました。 ここで、ユダヤ人のお話をしなくてはなりません。彼らは非常に頭のいい民族で、世界に散らばっていますが、他民族とは一線を画し、 強固に独自性を保っています。さて彼らの考え方はどうでしょうか。先ず言えることは、科学を発達させたことでも分かるように、『自然』 を征服・コントロールできると信じてきました。また、さまざまな社会制度を考え出し、議会制民主主義の名の下に、 政党なる物を考え出し対極の者同士を戦わせることを考え出しました。「自由・平等・博愛」この言葉が今では、 欺瞞に満ちた言葉だと知られるようになりました。自由と平等は相反するもの。彼らの博愛とは『与えることで従わせる』ことのようです。 私の手元に「ユダヤ五千年の教えなるものがあります。「お金」を最も大切なものと位置づけられています。そして、圧巻は、『一つの嘘は嘘、 二つの嘘も嘘であり、三つの嘘は政治である』と。経済がゲームになり、政治もゲーム。『戦争や紛争を仕掛けて,それで儲ける』、『勝つため、 征服するためには手段を選ばず』、地球人類がおかしくなるのも当然です。

人間道を生きるのか、欲・得・本能のままに畜生道を生きるのか、試されているような気がします。

捨て去られた古き良き時代の教えを、今一度振り返る時、そこにまったく新しいものを見出すかもしれません。

 

posted by さよちゃん at 12:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

人間性の退化 ―太古の教えを学ぶとき―

 

どこへ行っても誰に聞いても『今の世の中おかしい』と口をそろえて言われる。政治が悪い、社会が悪い、教育が悪い、親が悪い・・・ 等々。近年怒涛のごとく日本に入り込んださまざまな制度、風習。一昔前を知ることで何か手がかりがあるのではと紐とけば、 そこに抜き差しならない闇の部分が見えてきた。大化改新・文明開化・王政復古・尊王攘夷・・・。

私たち世代は文明・文化が栄える事を良しとして育ち、今親を、先祖を敬うなどと言うことは時代遅れといわれ、 家族主義が崩壊し個人主義蔓延。拝金主義・唯物主義が跋扈し、離婚・フリーセックス、さらに、自由主義の名の下に、社会も個人もしたい放題。

国を治める政治のトップときたら、散財の責任を国民に平気で背負わせ、貧富格差を増大させ、軍備増強を画策し、 東アジアを破綻したヨーロッパやアメリカの二の舞に導こうとしている。 別紙レポートは、ユダヤに毒される前の内村鑑三の、『代表的日本人』 ―岩波書店・鈴木範久訳―海外紹介の抜粋である。キリスト教徒からみれば、明らかに異教徒で劣っているはずの日本人に、 優れた人間性をもって人々を『慈愛に満ちた、徳と見識を持った民衆』 に育て上げた人がいたと紹介している(ケネディー大統領はこの本で感激)。

保険制度が破綻している。『親を大切にせよ』と言う教えをないがしろにしなければ、福祉国家などと金をかき集めることもなく (結局その金はどこにきえた?)、昔からの、村社会を大切にしてこなかったつけがまわってきただけである。

さらに、環境汚染などと人間の身に降りかかって初めて大騒ぎしているが、昔からの、山には山の神様が居り、 水には水の神様が居るという、八百万の神々を敬い礼を尽くしてきた生き方が優れている、つまり、西洋の自然征服科学は破綻するのです。

今、ユダヤはすばらしいと言う本が、1万円の定価をつけて店頭に売られていると聞く。

それを読んだ人は、まったくすばらしいと思うようである。私の手元に「ユダヤ五千年の教え」なる本がある。ラビ (ユダヤ教の宣教師の意―ラビの教えは聖書を超えるとも言われる)が著者である。やはり、『お金』の話は多い、『支配』 という言葉も好きである。そして、圧巻は『一つの嘘は嘘であり、2つの嘘も嘘であり、3つの嘘は政治である』と。

日本の政治家が毒されていることがお分かりでしょうか!

経済もゲームになり、政治もゲーム。地球がおかしくなるのも当然です。

抹殺され、私も見たことがない「教育勅語」とは、修身とはいかなる教えか。多くの先人が「君=天」というのはいかなる存在か。国学とはいかなるものか。

汚辱にまみれた、この切ない世の中が果たして真っ当な世の中に変わることが出来るのだろうか。 縄文時代が長大で優れた社会を形成していたことが、ようやく日の目を見る時代になった。人間道を生きるのか、畜生道を生きるのか、 私たちの自覚が急務です。

 

posted by さよちゃん at 12:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上杉鷹山=封建時代の政治家―米沢藩にみる聖人の治政

東洋の思想の一つの美点は、 経済と道徳とを分けない

 東洋の思想家たちは、 富は常に徳の結果とみた。鷹山の純粋な社会改革を記す。

その一 公娼の廃止 廃止すると情欲のはけ口を断たれ、 別のもっと凶悪な方法で社会の純潔を危険に晒すという反対論に対し、『もしも情欲がそんなことで鎮まるならば、 そのためには数知れない遊郭が必要になろう』と。廃止により何の社会的不都合も生じなかった。

その二 伍十組合と五か村組合

  1. 五人組(戸主を数える、以下同)は、 同一家族のように常に親しみ、喜怒哀楽を共にしなければならない。

  2. 十人組は、親類のように、 互いに行き来して家事に携わらなければならない。

  3. 同一村の者は、 友人のように助け合い、世話をしあわなければならない。

  4. 五か村組合の者は、 真の隣人同士がたがいに、どんな場合にも助け合うように、こまったときは助け合わなければならない。

  5. たがいに怠らずに親切を尽くせ。 もしも年老いて子のない者、幼くして親のない者、貧しくて養子の取れない者、配偶者を亡くした者・・・等、 五人組が引き受けて身内として世話をしなければならない。五人組の力が足りない場合は、十人組が力を貸し与えなければならない。 もしもそれでも足りない場合は、村で困難を取り除き、もしも一村が災害でなりたたない危機に陥ったならば・・・四村は救助に応ぜよ。

  6. 善を勧め、悪を戒め、倹約を推進し、 贅沢をつつしみ、そうして天職に精励させることが、組合を作らせる目的である・・・・。※家族主義は活気をもたらす。

米沢には『棒杭の商い』と呼ばれるものがいる。人里離れた道の傍らに、草履、わらじ、果物や他の品物を、 値段を貼ってならべ、持ち主は誰もいない。人々はそこへ行って正札どおりの金を置き品物をもっていく。 誰もここで盗難が起こるとは思っていない。

鷹山の役所では、きまって重役がいちばん貧乏である。藩主の愛顧と信用を得ている筆頭家老は、 その暮らしを見ると、衣食は貧しい学生と変わらない。

税関も無く自由な交易を妨げるものもない。しかし密輸などは企てられたことが無い。

世襲制の封建時代にあって、民の将来の幸福は、藩主がどんな後継者を残すかに左右されるのを知っていたため 「大きな使命を忘れて、自分の利欲の犠牲にしないため、『貧しい人々への思いやり』『民の父母となること』」を子供らに養いました。

誰もがしり込みするような破綻にあえぐ上杉藩。15万石に減らされたにもかかわらず、百万石の家臣を抱え、 慣習・しきたりをそのまま踏襲、貧困が全領覆う状態であったものを、家計の支出を5分の一に切り詰め、毎年の家来の手当ても半分に減らし、 自分自身も、木綿を着、一汁一菜を越えず、それにより実現した貯金を、積もった藩の負債の返済に当てること15年。 『民の幸福は治者の幸福』をモットーとした。

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2005年11月15日

西郷隆盛―侍魂を持った新日本の創設者

『正義』を愛し、 外国に従属する危機感を最後に感じ取った哲人―

  『日の本よ、 なんじの門のうちにとどまれ、召し出すまでは世界と交わるな』―日本が『天』の命をうけ、 はじめて青海原より姿を現した時の指示を二千余年守り通し1867年11月14日3世紀にわたる徳川幕府は政権放棄、 将軍の二条城からの撤退、翌1月3日伏見の戦いで官軍勝利、西郷は東海軍を指揮、4月4日江戸城官軍に、さらに天皇に明け渡されました。 鎖国から、岩倉・大久保・木戸ら(すでにユダヤに汚染)により西洋の良いといわれるさまざまな制度が持ち込まれました。 西郷の朝鮮使節派遣に対して、岩倉たちは一致して、ありとあらゆる権謀術策を用いて自分たちの方針を押し通すことに成功。 腐った政府とは縁を切ろうとして、辞表をたたきつけ、自分の功労によって樹立された政府に、ふたたび加わることは無かった。岩倉とその一派 『内治派』の思惑どうり、国は文明開化一色となった。それとともに、真のサムライの嘆く状況、手のつけられない柔弱、優柔不断、 明らかな正義をも犠牲にして恥じない平和への執着などがもたらされた。

西郷の文明の定義=文明とは正義の広く行われることである。

豪壮な邸宅、衣服の華美、外観の壮麗ではない。

『敬天愛人』=天を敬い人を愛す

 『命もいらず、名もいらず、位もいらず、 金も要らず、と言う人こそもっとも扱いにくい人である。だが、このような人こそ、人生の困難を共にすることの出来る人物である。 またこのような人こそ、国家に偉大な貢献をすることの出来る人物である。』

 『正道を歩み、 正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ、外国と満足できる交際は期待できない。その強大を恐れ、和平を乞い、 みじめにもその意に従うならば、ただちに外国の侮辱を招く。その結果、友好的な関係は終わりを告げ、最後には外国につかえることになる。』

 『徳に励むものには、 財は求めなくても生じる。したがって、世の人が損と呼ぶものは損ではなく、得と呼ぶものは得ではない。いにしえの聖人は、民を恵み、 与えることを得とみて、民から取る事を損とみた。』

道は一つのみ『是か非か』

心は常に鋼鉄

貧困は偉人をつくり

功業は難中に生まれる

雪をへて梅は白く

霜をへて楓は紅い

もし天意を知るならば

だれが安逸を望もうか

posted by さよちゃん at 12:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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