2005年11月14日

中江藤樹(中江兆民)=近江聖人のこと

 戦後教育の結果が人心の荒廃を招いた―

  『日本人諸君は異教徒にしてはもっとも懸命な国民にみえる。どのような教育を授けられてきたのか』と言う諸外国の質問に答えて曰く、 『私どもには、学校教育があった。それもなかなかのものだ。私どもは「十戒」のうち少なくとも八戒は母の膝にいる間に父の口から学んでいる。 力は正義ではないこと、天地は利己主義のうえに成り立っていないこと、

 泥棒はいかなるものでもよろしくないこと、 生命や財産は、結局のところ私どもにとり最終目的にはならないこと、その他多くのことを知った。学校もあり教師もいたが、 それは西洋にみられ、今日わが国でも模倣しているような学校教育とは、まったくちがったものである。まず第一に、 学校を知的修練の売り場とは決して考えなかった。修練を積めば生活費が稼げるようになるとの目的で、学校に行かされたのではなく、 真の人間になるためだった。さらに私どもは、同時に多くの異なる科目を教えられることは無かった。 私どもの頭脳が二葉しかないことには代わりは無く、沢山はないのである。昔の教師は、 わずかな年月に全知識を詰め込んではならないと考えていたのである。真に賢明なことであった。

 第二に、 魂を持つ人間を牛や羊のようにクラスに分けて教えることもなかった。人間は分類してまとめることのできないもの、一人一人、顔と顔、 魂と魂とをあわせて扱わなければならないとした。それぞれの持つ肉体的、知的、霊的な特性に従って教えられた。 ロバと馬とが同じ引き具をつけられることはなく、ロバが叩きのめされて愚かになることも、馬が駆使される余り、 秀才の早死に終わる心配もなかった。現代にみられるような適者生存の原理にもとずく教育制度は、 寛大で人を愛する真の人間の養成には向いていない。先生とは先に生まれたのみならず、 心理を先に了解した人と言う意味で、先生と呼び、師と弟子の関係で、最もこまやかであった。キリスト教徒が「全て古いものを捨てて、 新しい物を受け入れよ」と言うことは納得できない。「古いものが悪いものではなく、新しい物が必ずしも全て良い物でも完全なものでもない。」 ※日本改悪に対する危機感を感じていた。

以上はユダヤに毒される前の内村鑑三の「日本の先生―中江兆民」を紹介する前文である。

 さて、 その近江聖人と今にも慕われている人となりを紹介。11歳のとき、将来の全生涯をきめる大志を立てたといわれる― 『天子から庶民にいたるまで、人の第一の目的とすべきは生活をただすことにある。』・・・聖人たらんとして成り得ないことがあろうか!と。

 そして、変わった教えが一つ― 弟子の徳と人格を非常に重んじ、学問と知識とを著しく軽んじた―「学者とは、徳によって与えられる名であって、学識によるのではない」と。 藤樹は無神論者ではありませんでしたが、人為による『法』と外在的な『道』とを明確に分け、わが国の神々に対して深い敬意を表していました。 そして、『願い事』のような性格に繋がるあらゆる宗教がきらいでした。近年、近江(滋賀県)の人々は、 あの大湖=琵琶湖の水を再生させました。やさしく慈愛に満ちた人々の中に聖人の教えが脈打っている。

posted by さよちゃん at 12:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月28日

疑問が解かれるとき ―田中康夫はつぶされない―

  過去にロックフェラーのビル買収をさせられ、まもなく二足三文で買い戻され、 内需拡大せよと無理やり1兆円もかけて千葉・ 東京湾にアクアラインなるものをかけさせられ、さまざまな命令に従い、売国奴小泉によっていま郵政民営化が決まり、 憲法もお好きなように変えられつつある。日本を、日本人を丸裸にするのも時間の問題。

戦後、日本国民は 「資源の無い国だから加工貿易で食っていかなければならない」と教育され、あなた方の工場と化した日本列島。気がつけば、唯物拝金主義・ 個人主義がはびこり農業のなり手も無く山も田畑も荒れ放題、あなた方の差し出す『遺伝子組み換え大豆、BSE汚染の牛肉をありがたく頂戴する国民」になり下がりました。

インドに行ったとき、 「インドはガンジーを支持していない」と言う衝撃的な事実を知りショックを受けた。イギリスは独立の代償に宗教分断 (イスラム教とヒンズー教)をガンジーに了解させた、つまり紛争の火種を植え付けた、かっこいい『無血開放』 などというがそのために永遠の苦しみを味わわねばならないと。元々インドはこの2大宗派は仲良く共存していたのだと言う。 ベルギーがルワンダを開放する(植民地支配をやめる)時もフツ族とツチ族の紛争の火種を置いて行った。 朝鮮戦争もベトナム戦争も勝つ戦いをあえて負け、対立の構図を作り上げた。 あなた方が裏で繋がっていることは良識ある人々はうすうす本能的に感じ取っている。冷戦時になぜ、米ソ協調して宇宙開発がされたのか。 今また中国の2人乗りロケットが宇宙に舞った。軍隊増強と宇宙産業がその国を疲弊させる。でもね、 地球がもたないのですそんなつまらぬ欲をかいていては。

21世紀は真の日本民族の歴史が公になる時代。石器・青銅器・ 鉄器などと区分される西洋の歴史には当てはめることの出来ない長大な歴史がこの日本にはあるのです。 江戸時代がもっともすぐれたリサイクルをすでに成し遂げていたことは内外において周知の通り。

 遥かさかのぼれば、 1万年とも2万年とも言われる母系国家縄文時代が脈打ってきました。日本の叡智なくしては、立ち行かないところに来ています。 日本人自らがその事を自覚しなければならない時代に突入したのです。そして、培われたDNAは失われることはありません。 アメリカが張りぼて国家である事を見抜きました。ハリケーンで自国民の救助を放棄してしまう国。大統領はだれの為にあるのでしょうか? 小泉は誰の為に? 政治学者も経済学者もそしてマスコミも、いったいだれの為に?売国行為をどんなに働いても、時代は『正直者』 に軍配をあげます。県民の皆さんそして日本国民の皆さん、正直者の政治家『田中康夫長野県知事・新党日本党首』 にしっかりついて行こうではありませんか!

今、 日本語ブームが巻き起こっています。『言霊』を持つ世界に類を見ない言語を大切に。

posted by さよちゃん at 12:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月15日

信州市民オンブズマンに参加を ―ドイツに追いつけ追い越せ―

 

平成17年7月、長野県議会は田中知事を血祭りに上げるべく弾劾裁判「百条委員会」 を44対13で可決し立ち上げた。過去にオリンピック問題での疑惑を正そうとして議案を提出した際には、 逆にあっさりと反対多数で否決された経緯がある(前知事・県議会議員ばかりでなく長野市はじめ、大町、 山之内町など開催地の地方議会議員・首長の協力拒否は言うに及ばず、これもすでに皆様周知のことであるが・・・)。

開かれてみれば、田中知事の不正などあるはずもなく、職員に対するいたずらな神経戦を展開、 知事の元で一致団結して県財政建て直しに邁進していかなければならない大切な時期にもかかわらず、 無駄な金と時間が浪費されている。尋問内容など、総務委員会で十分解決可能なものばかり。強いて言えば、議員の勉強不足。

椅子にふんぞり返っている暇があったら自らの足を使って資料収集に奔走すべきだったのではないのか。 知事も職員もあなた方のように暇ではないのだ。

目の前にいる「有言実行」 の人=知事を見習うことです。

さらに言うなれば、職員も1割、知事など3割に及ぶ歳費カットをして財政建て直しに貢献してくれている中、 あなた方はカットどころか政務調査費などという小遣いまでもらっているのですよ。 県民とはかけ離れた金銭感覚になってしまったようですね。  県財政を破綻寸前にしたままで、いい気なものです。 そんな県民の思いが通じたのか、ここで「逆百条委員会―市民オンブズマン」がやっと設立の運びとなりました。噴飯ものの、 政務調査費運用の実態から、税金の使い道チェック!

県民個々人がしっかりすることで議会も議員も変えられます。そして・・・。

シュレーダーが降りて、女性首長がドイツに誕生した。片や日本に過去最多の女性議員が与党に生まれた。 しかし、どうしてこうも日本とドイツは対象的なんだろう。日本はまるで男衆のペットにでもなったかのよう。何なんでしょう。 男が悪い?女が悪い?

これが21世紀の世界の舵取りをするべき国の姿かと思うと恥ずかしい限り。

国民に最大限の権限をもたせたドイツは、地方自治はもちろんのこと、国政においても不正は厳しく糾弾され、 利権がらみの汚職など入る隙がなく、また教育でも政治討論が盛んに行われ、早くから政治に関心をもたせているのです。 教師もうやむやな応対はせずはっきりと支持を表明するという。「政治に口出しするな」― この特権的なニュアンスを吹き込まれて育った私たちは田中知事によって、どうやら呪縛から解放されたようです。 政治を私たちの手に。政治とは『人々を幸せにすること』。政治は『聖職』。

私たちにもできる「ドイツに追いつけ、追い越せ」―

posted by さよちゃん at 12:38| 県政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月08日

田中知事の温性

 

悪臭から開放されて

その初老の婦人は杖を突き足を引きずりながら知事の元に近づいた。 しばしお礼を述べたその目には感謝の涙が浮かんでいた。 聞くところに寄れば長年その地域にある産業廃棄物処理場から出る悪臭に悩まされ続け、 体調を崩し今日までやっとの思いで生きてきて今十数年ぶりかで窓を開けることができ、外の草花の匂い、田んぼや畑の本来の匂い、 昔に返った匂いを嗅ぐことの喜びをしみじみ感じているとのこと。これは田中知事の不正業者の操業停止処置によるもの。 その業者は悪臭や汚泥のでない設備建設という最初の方針を反故にし、市や地域との協定を反故にし、 自分だけの利益を優先すると言う考えられない経営形態であれよあれよと言う間に造られてしまったものでした。

どれほど多くの周辺住民の方々が苦痛から開放されたことでしょうか。

そんな業者から長野市は1千万も寄付金を貰い、あげく市からは補助金が出て、 市のゴミを処理してもらっている有様なのです。長野市ともあろう都市が自分のところのゴミがなくなれば手段を選ばず、 首長の人間性を疑う。そんな業者に田中知事は容赦なくメスをいれたのです。政治とは「県民・国民」 の幸せをめざすものと気付かせてくれた。

私たちは捨てられたのではない

久しぶりのその声は弾んでいた。知事にそして皆に伝えて欲しいと。彼女は90を過ぎたおかあさんと、 旅の途中しばし途絶えていた旧山口村を訪れた。越県合併反対を最後まで唱えた地元民と久しぶりの歓談。総選挙スタート直後に 『今の長野県知事の動きをどう思うか』と某新聞社の記者が取材に来たと言う。すかさず「田中知事を応援します」 と言う言葉にいぶかる記者は理由がわからなかった、「あなた方は長野県に捨てられたのですよ、田中知事に捨てられたのですよ」 と。その言葉を打ち消す衝撃的なことを言った。「私たちは知事に感謝している。 あの10月の時点で本来ならわたしたちのことは終わっていたのに、田中知事が議案提出を見送り、踏ん張ってくれたおかげで、 全国に山口村越県合併問題が知れ渡り、長野県民も振り向いてくれた。田中知事のおかげです。新党日本応援します。 私たちはご恩を一生忘れません」と。居合わせた彼女のおかあさんは、「なんてすごい話でしょう、長生きしてきてよかった。 ありがたい話を聞かせてもらった」と喜んだと言います。マスコミも議会もこぞって「民意」が大事だと知事を追い詰めた。 寄らば大蛇の影―山口村は日本の縮図、さあ日本はどうする?

(合併後の惨状は目に余るもの。債務はほかの合併町村と平均すれば3倍(147億)にも膨れ、元村長=現中津川市会議員・ 議会の甘言に騙された形の村は―荊の自律の道。)

県も国も田中知事のアイデアがなければ再生不可能―

posted by さよちゃん at 12:33| 県政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月14日

聖職としての政治家

 

かつて私は教師を目指した時期がありました。母校での教育実習中、「生徒は教師の全てを教師として見ている」 と言う衝撃的な事実を前に、私はたじろいでしまった。その時つくづく「教師は聖職である」と納得すると同時に、 安直な気持ちでは決してなるべき職業ではないと思ったものです。

政治家を「聖職」と捉えることはありませんでした。しかし、真に能力がある人が携わったとき、あらゆることが反転― 悪循環が是正されるのです。それは「田中康夫」と言う人間の出現でした。従来の保身の政治家ではない。

不可能と諦め切っていた腐敗県政がともかく変わっていくのです。「あんなにいじめられて」と、 顔を背けたくなる場面ばかり見せ付けられて、助けるにも手段を持たない私たちはただ、ハラハラするばかりです。

『人は心変わりをする』、この定説が当てはまらないのです。首尾一貫して何かが貫かれている。一体何でしょう。

田中知事は言います、「言い切ることは誰にでもできる。しかし、『逃げない』ことは誰にでもできることではない」と。 この言葉を聴いたとき「知事は自前の哲学を持っている」と心打たれました。私はこの言葉を大書して部屋に掲げました。 くじけそうになれば見上げて奮い立ちます。力があります。

フランスの文学者アンドレイ・マルローは政治家になって教育の分野で活躍された。学生時代に読んだ『王道』その他、 魅力ある文学者だった。ロシアのソルジェニーツィンがもしも政治家になっていたらさぞや変わったことだろう。あれほどにロシアを愛し、 ロシア国民を愛した文学者はいなかった。

田中知事は当初著作物に関して批判された。批判する人に聞けば読んでもいないのに「風評」で批判していた。 私の評価はまったく異なり、「こういう小説を書ける人が政治家になる時代が来たのか」と感慨を新たにしたもの。そして今、「お任せ」 ではいけないと「積極的に関わること」を促している。

その優しさはどこから来るのだろう。時代の変わり目にみずから批判の矢面に立って私たちを導こうとする、 その強さはどこから来るのだろう。

新しい政治家、聖職として政治に携わる人の出現なのだと思う。この意義を私たちは真摯に受け入れて、県政・ 国政のみならず世界的な混迷を共に脱出する手段を講じなければなりません。アメリカ型の選挙形態が日本に馴染むとは思えません (ちょうどカルロス・ゴーンのリストラによる建て直しが妄想と化したように)。日本は本来アメリカほど幼くは無いと確信するからです。 自民でも民主でもない超党派の出現が加速するでしょう。無責任な無党派ではなく。

posted by さよちゃん at 12:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

新党日本ただひとり―それでも田中康夫は吼え続けるだろう

  9月11日、 論議も尽くされない不可解な解散総選挙の結果が出た。無党派層がこぞって「小泉劇場」に酔いしれ、自民党に投票した。 政権交代の願ってもないチャンスを民主党は逃した。自民281、公明28(定数436)で与党が3分の2を確保し(因みに民主96、共産6、社民4、その他6)、事実上の白紙委任政権が誕生したことになる。マスコミはこぞって 「白紙委任ではない」とあわてるが、後の祭りである。あなた方も煽ったのだ。

今朝の新聞にインタビューに応じた「森善朗」の相変わらずの軽薄な文言が載っていた。

 「郵政、郵政って、 余計な事をしゃべらせなかった。みんな見事にひっかかった」と。

そう言えば貴方は 「不可解な動きをしていつの間にか総理大臣になった歴代稀な議員」でしたね。 貴方のような軽薄な人の下に53人もの議員(最大派閥)が参集していることが心配。  

これと言ったビジョンの無い人に下手にしゃべらせたらアウトだから。よく口が回るが、肝心なことに答えられない。 「見事にひっかかった」。 悲しいかなこれがこれから政権をゆだねなければならないトップの本音なのである。私自身、これほどに、 情報を持ち得ない人々がいることに愕然とした。熱狂的に群がる女性・若者たち。 韓国のヨン様ブームを彷彿とさせる場面が連日報道されるのを見て、平和ボケもここまできたかと呆然となる。

あの情報で満ち溢れているはずの東京で、民主は「菅さん」ただひとり。長野はと省みれば、民主:自民=42%:43%、 で何というバランス感覚か。それにしても実直・生真面目が祟って単純フレーズの自民に飲み込まれてしまった民主。 マスコミの誘導も大したものである。「自民党員は自民優勢に戦々恐々、無党派層は民主に動くのが通説・・・」。NHKはまるで自民のおかかえ報道機関と化す。早速、小泉曰く 「皆様の信任を得ましたので、全ての公約を―私の飼い主様ブッシュと協議しつつ―可決すべく・・・」と言ったかどうか。ともかく、 結果は白紙委任である。もはや歯止めはかからない。

長野改革の結果(いえ、まだ途上にあるのですが)、全国的に見た比率が3:2ではなく、5:5とバランスを保てたことは、 田中知事による「考える県民」に前進した効果の現われと見るのは早計だろうか。いつだって、先行くものは罵倒される―実証済みのことなのに。

 知事はそれでも吼える 「地方から国を変える」と。たった4年で、170兆円もの国債を乱発、いったいどのくらい郵政公社に背負わせたのか―薮入りをもくろむ。 赤ちゃんからお年寄りまで600万円に及ぶ借金を背負わせる。そんな国が「先進国」だって、常任理事国入りしたいだって、笑っちゃいます。 何もかも背負わせて破綻させる方法は、どこかの宗教団体がやる手と似ていなくも無い、そう世界中に金をばら撒き「名誉なんとか」― どのくらいの家庭が破綻に追い込まれたことか。私の知人も破綻そして自殺・・・。

世界一の借金大国、それでも「出口を押さえることなく収入を立場の弱い国民から取ろうとする」。 主婦でも当たり前にやっていること「収入に見合った支出」、 こんな当たり前のことができない小泉政権の馬脚を現すのにそう時間は掛からない。次なる準備を!

posted by さよちゃん at 12:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月12日

―どんなに振っても叩いても出てこない田中知事の不正義― 百条委員会を傍聴して その1

 

そもそも『働きかけ』とは何ぞや?

その昔、沢山の思惑を持った人々が県庁を訪れました。手土産に何を持参されたか分かりません。 窺い知る事のできない大きな扉の向こう側。長らく、「働きかけ」とは悪いことをする事と,議員・ 職員のみならず多くの県民が認識するに至りました。何せ、何でも通ってしまうのですから・・・。

ところが、新しい知事になって『働きかけ』とは、『公の場で成されたものでない要望・提言・意見・依頼・要求・苦言・提案』をいう、 と定義されました。そして、必要に応じて『随時』公表するとしたのです。同時にグリーンホイッスル(県職員等公益通報制度)・ フレッシュ提案直送便をスタートさせたのです。

働きかけに関する証人喚問

第1日目 18年の長きに亘って下水道業務に携わってきたその職員(矢沢○○・元県下水道課長・現下水道公社)は特筆に価します。おどおどと終始議員にゴマをする姿勢を貫きました。 明らかに『働きかけ=悪いこと』 のスタンスを踏んでいます。「秘書課の人間が外部の言うなりに動いて来たに違いない」と信じて疑っていない様子。 さらに当日持参した細かいメモを頼まれもしないのに提出すると言い出したのです。『尋問以外の答弁は不要』 のはずなのに何か弱みでも握られているのか?それにしても、誘導尋問(違法行為)の多いこと!!

第2日目 下水道公社に関わる2人。午前10時から午後4時。結果から言えば、 名刺交換で1度会ったきり。純朴とも取れる2人に、各会派から同じような尋問。中には痺れを切らして「ここは重要な箇所だ」と詰問。挙句、 議長までも「時間をあげれば思い出しますか! 」 と詰め寄る場面まで。筋書き通りに辻褄を合わせたいと躍起。公社の人間に特別な権限でもあるかのように錯覚、肩書きに弱い議員の皆様、 彼らは技術屋ですよ。たった1度会った人から経費節減に取り組む旨の提案(働きかけ)があって、 黒塗りの自動車を廃止したり、職員削減模索努力は評価すべきことではないか。

第3日目 元政策秘書室の人(近藤○・元県政策秘書室・現農政課)

 さすが知事の選んだ職員だ。 自らの作成した文書について一度たりとも部外者に意見を求めたことは無いと毅然と答弁。秘守義務貫徹。さらに、 ネチネチと秘書課の内部事情を尋ねられ「『知事の意見は絶対』という知事ではありません」と、これまた毅然と答える。また 「広く知識を得ることについては、公務として参加するので何ら問題は無い」、「専門的知識を持った人が加わることは良い」とも。ただ、応札― 落札事実を最初に信毎記者から聞いたと意味深発言。マスコミが職員を取り込む段取りに余念がなかった?

 さて、 「知事元後援会幹部による下水道事業に関する働きかけ」と言うテーマでの尋問を総括してみよう。 多くの事業が県外業者にそっくり持っていかれた長い歴史、つまり昭和54年の諏訪湖処理場建設から始まっている。 予備知識として知って欲しいのは、この建設にあたって当初は20数億で済むはずであったが、最終的に240億も掛かっているのである。挙句、 最終処理水は決して満足のいくものではなかったのである。田中知事になって初めて、琵琶湖の『葦』 の育成を促し自然の力にたよる方法を取り入れることによって水質が飛躍的に改善されたのである。あの巨額の経費の多くは、巨大JVに流れ、 自民党の懐に転がり込んだのである。こんなことをいつまで続けるのかと立ち上がった人々によって新知事が誕生したのではなかったか。 元後援会幹部のその人も、最初から改革に燃えていたことは容易に想像がつく。彼は業界のプロである。どこに問題があるか、 どう改善されることが県民益につながるか溢れるようなアイデアと忠告をされたことでしょう。改革待ったなしだ。

 そして、体を張って「実験台」 になったのです。知事は周りから「利用されている」とかいろいろ言われたことでしょう。しかし、 改革になくてはならないアイデアに目を瞑るわけには行きません。 県から該当する首長に改革案を持っていっても対応できないとはねつけられた懸案も、やがては取り組まなければならない時期がきます。改革・ 変化を嫌うお役所の姿もちらほら。

そして、入札に関して、なぜ、後援会の人間だからいけないのでしょうか?『実験台』になってくれたことで、 多くの他の県内業者の方々は歓迎されているのです。それも、あれもこれもやみくもに応札するのではなく、とても紳士的なのです。 県内技術者育成に弾みがつきました。

彼には仕事を分け合うと言う今最も必要とされている『おばさん的思考』が備わっていたのです。ですから、 ほとんどの議員の皆様のように『自分だけ儲かればいい、自分の会派に有利ならいい』 と言う近視眼的物の見方しかできなかった人々には疑いこそすれ、理解できない人だったのです。そして、 男はそして経営者とは欲が深いもんだという先入観もあったのではないでしょうか。   中には、県内のそんな10社ばかりの応募では 「談合が心配だ」とバカなことをいう議員(柳田○○・県民クラブ)も居りましたが『どこを向いているのか、そんなことを言うのは正に 『どんな人々の働きかけか』と逆尋問したくなる。

いずれにしても、この「働きかけ―応札」は、何ら違法性も無く順を追っての真っ当な結果である。先駆的役割を果たす者は悪者扱いか― これも改革せねばならない。マスコミ・議会は世論を煽るけれど、その手にはもう乗らない!

posted by さよちゃん at 11:14| 県政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月01日

眠れる獅子=日本の目覚め

 サンケイ新聞に「日本よ」と言うタイトルで定期掲載をしている石原都知事が、今朝のコラムで 『この国は、そろそろ、力ある獅子として起き上がる歴史の季節にさしかかっている』と指摘していたが、その通りと思う。 60年前第二次大戦へと突き進む当時の日本に対してインドの詩聖タゴールは 「日本よ、日本の児らよ・・・」と、本来の使命とは裏腹の選択をしてしまった姿を嘆き悲しんだ。近年には、マレーシアのマハテール前首相が 「日本を中心にしたアジアの団結」を叫び、アメリカを排除しようとしたことで恨みを買い実現には至らなかった。 いずれも日本の潜在能力を見込んでの訴えであった。ちなみに、「アジア」とは『希望』を意味するという。 政治にしろ経済にしろどうしてこうも自己中心的で『ふぬけ』のようになってしまったのだろうか。『金』には力がある。しかし、 それも哲学あるものがもって初めて生きるのではなかろうか。

世界には「人」が「人」として最低限の生活を営むに十分な『金』が存在する。『金』 を何に還元するかで明暗が分かれることを身を持って体現している日本の、「発言力」に期待するばかりである。自民党という『金満党』 が瓦解をはじめた。世界が変わる小さな核がこの日本の中に育ちつつある。

日本の核=長野県の胎動

金満党の長野県議会の悪あがきも全国の注目を集めて久しい。 この度はさらに追い討ちをかけるように醜いゾンビと化して田中知事に襲い掛かろうとしている。ゾンビはゾンビを支持するものである。 県民の色分けもしやすくなった。マスコミはほとんどが金満党の手先とわかる。宗教狂い党も先が無い。願わくば、 共産党がまともになってくれたらと願う。民主党の元首相経験者の羽田氏はガンである。早く切除しないと病気が蔓延してしまう。 参議院の北沢某氏は金満党に鞍替えすべし。ご両人の出る幕はとっくに下りている。

さて、県民の皆様、いえいえ、全国の良識ある皆様。戦争も紛争も自由に名を借りた利権争いだと気づき、 党という組織の中で動く人々は党のために動くのだと、とことん学習しました。3バン(地盤もカンバンもかばん(金)) を持たなくても田中知事のように未来をしっかり見据えることができる人をしっかり支えていきましょう。 愚かな判断をしている時間はありません。あなた方の良心の声にしっかり耳をかたむけて。

 

posted by さよちゃん at 10:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月15日

―百条委員会開催にあたって― どん底から希望へ

 莫大な借金が田中知事の元でどんどん返されていく。ユニークなアイデアは国の行政機関でも認め、まさに地方から国を動かす時代がやってきている。信州人で良かったと思うこのごろである。子供たちにも夢を与えられそう。

良心があるのか県議会
 借金をするだけして、責任も取らず議員に成り済ます。権力を振りかざし相変わらず好き放題。反論する仲間はいないのですか。あなた方を選んだのも同じ長野県民であることが残念です。過去に過ちを犯しそれを謙虚に認め、新たな動きをしている人を何人も見ていますが,顔付が変わってくるのです。「良心の顔」に。顔はその人の内面を写します。さわやかな顔つきに変わってください。方法は、「良心に恥じない考え方をする事」です。

改革の足を引っ張らないで「百条委員会」
 こんな委員会をなぜ苦悩の最大の原因となったオリンピック疑惑に設置しなかったのでしょう。議会はまったく協力的ではありませんね。なぜですか?
今からでも遅くはありません。ぜひ田中知事在任中にこの疑惑を晴らしてください。今、あなた方の言動に長野県のみならず日本中が注目しています。
いたずらに知事の足を引っ張るようなことなく、改革に協力してください。
 長野の改革は日本の改革なのです。世界から注目されています。世界中が抱える問題だからです。破産寸前なのが見えませんか。
田中知事は人間を地球にとって「益虫」になるように努力しているのです。「害虫」では生きていけないことを察知しているのです。この「差」は大きい。
皆さんにどれほどそうした感性があるでしょうか。県民も知事のお陰で随分賢くなりました。この次はそういう人を選ぶでしょう。
多くの方から百条委員会設置によって長野県改革の進行が妨げられるのではと言う「不安・不信」が寄せられています。長野県議会の変身ぶりを県民に示してください。今がどういうときかおわかりだと思います。お願いします。
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2005年07月04日

―過去の亡霊を追い求める県議会― 百条委員会設置44対13で可決

平気で無駄使いを考える愚かさ
 すでに過ちを認め「疑われることのない様に襟を正したい」と謝罪し、県の財政が逼迫しているからと後援会が支払った会議のホテル代等は『公務に関わることは県費で』の確約で既に清算済みの田中知事に対する本格的な追い落としと実感した今回の採決。
 笑ってしまいました。300万もの予算計上で、内147万円は17名の委員に与える費用で、旅費が115万円ですって?!貯金を取り崩して今の県政が成り立っているのを一体どう考えているのか。委員選出も大会派に有利で一人も入れない会派も。
 賛成をされた皆さん、よく考えてみることです。後戻りはできないのですよ。総務委員会で十分解決できる問題にもかかわらず、いたずらに時間を費やす体たらく。自分たちを「害虫」とも呼ぶ。わかっているじゃないですか、能力ないならサッサとやめよ。
大会派の皆さん―過去の罪には頬かむりですか?
 『真実の究明』などとはよく言えたもの。長老格の皆さんは思い出して欲しい―前知事を議会に従わせ、それこそしたい放題野放図に議会運営してきたことを―県民も無知だった。しかし、困難な船頭役を引き受けた現知事の元ではもうやめてください!
 残念ながらあなた方の望むような知事には断じてならない。なぜならあなた方のような「職業政治家」には成り得ないからです。職業としたら「保身」にまわるのが世の常、名誉とカネに弱くなる。次のポストを考えて業界とのパイプを太くしなければならない。
しかし、知事は違います。はっきりと言っているではありませんか、「私は作家である」と。東京都知事もしかり。お二人とも「世の中を良くする事」が楽しくてしょうがない。皆さんのお好きな名誉・地位・権威など、二の次三の次。政治家として今こそ求められている資質だと思いませんか。彼らを選んだことから「進化」が始まったのですよ。
 県民が最も求めているのは正に『真実の究明』=不正義と疑惑に満ちた「長野オリンピック問題」。是非解決してほしい。300万もの予算をそんなところに計上する頭があるのなら、皆さんが未だ頂いている「政務調査費」を出し合われてはいかが? 親しかった前の知事さんや、慌ててお辞めになった市長さんだっていい相談相手ではありませんか。前議員さんもいますね。そして、中国やロシアを笑えないほど独占・報道統制を完結させた信濃毎日新聞。県民の目はもはや節穴ではない。過去も現在も『利他』で戦う知事を心から応援するものです。改革の流れを止めるわけにはいかない。意識の変わり目を認識せよ。
posted by さよちゃん at 00:00| 県政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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