2005年05月24日

客足戻らぬ「山口村」―馬籠

 「花博が終わったら」から、「万博が終わったら客が来るかもしれない」、という淡い予想がどうやら外れる公算が強くなった。出足が悪かった万博のスタート時の危惧が一転、早くも500万人来場突破というニュースで、さぞや「山口村」も大盛況かと思いきや、万博会場内で配布予定のチラシ一つ作れない状況という。平日は閑古鳥が鳴き、訪れる団体は金も落とさずに興味本位で立ち寄り、明らかに客層がガラリと変わったという。元賛成派の人々の顔つきは厳しく、冒頭の嘆きとも取れる楽観論を口にすると聞く。3倍もの借金を背負い込んだ計算になるこの越県合併劇。何かに「依存」する限り解決策はない。
 田中知事が叫び続けた「コモンズ―長野モデルの実現」、そしてパフォーマンスと揶揄された泰阜村の住民票移転問題。世界の先進国に、たった300〜600人の村を守る国があることをどれほど認識しているだろうか。そして知事を会議室に押し込めて、数時間にわたり議案提案を迫った某議長・副議長、両人後日山口村にどの面下げて頭を下げたのか。
 インターが来ると土地買占めに走った地元名士も、夢と消えそうな状況に「10億もらい損ねた」と。命がけで意識高揚を促そうとする人がいて、片や足払いをする人がいる。
 「中津川もいいもの持っているのに、なんで私らのとこなんかほしかったんだろねぇ」と、合併をしてはじめて知る相手の実情。隣の芝生。人々の本心はどこまでも「信州人」。てこずり始めた岐阜県と、中津川市。「戻るなら田中知事のうちに」が隠れた合言葉。

魅せられたヒトツバタゴ
 連休を外して、対馬に渡った(5月6日)。どうしても今見なければ、そして本場の状況を把握しなければほかの人に伝えられないという思いが募った。鰐浦―唯一ヒトツバタゴが群生している地域。岩肌にへばりつくように枝を張り、まさに雪のように真っ白な花を咲かせていました。ほのかに香る匂いも芳しく、私はすっかりとりこになりました。
 「山口村」はどうなのか、咲く時期が待ち遠しく思われました。5月23日蛭川の巨木が満開という情報で駆けつけた。対馬では見られなかった、それはそれは大きな木。見事に枝を張り、一番の見所であった。潮風や強風にあおられることもなく、肥沃な土壌に助けられ健やかに育ったヒトツバタゴ。決して華やかではありませんが、見るものすべてを魅了する不思議な力が宿っているようです。心を癒してくれるこんな木にめぐり合えたことをただ感謝するのみ。「山口村」のヒトツバタゴは、もうすぐ満開です。みなさんが来るのを待っています。見てあげてください。私たちの架け橋になってくれるでしょう。
私たちの手で「山口村」を救いましょう。
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2005年05月23日

時代がガラリと変わる瞬間

 東洋哲学に「陽極まって陰に転じ、陰極まって陽に転ずる」という言葉がある。物事がその限界に達したとき、正反対の現象が現れるということである。
 目にみえるもののみ信じるという唯物主義から、目にみえないものの働きに感謝する生き方は、われわれ日本人は特に食べ物文化で培ってきたような気がする。味噌・醤油・漬物・納豆など、いずれも「バクテリア」という目にみえない生き者達の恩恵に預かっている。世界中で有機農法(堆肥をつくる)がもてはやされる遥か以前からそれは行われてきた。特別「菌」を投入しなくても「切り返し」によって田畑に有効な菌が繁殖することを体験的に知っていたし、し尿のような液体はさらに「ため」という囲いで熟成させ撒いていた。当時は、川に汚物を流すなど思いもよらないことであった。「川」には川の神様が宿り、「山」にも「火」にも神様が宿ると敬意を払ってきた。いつからかこの尊い教えは廃れてしまった。その結果、山は好き放題に改造され、挙句放置一部はゴミ捨て場、川は言うに及ばず。
 元建設省の役人だったA氏は日本中に良かれと本人も使命感に燃え「公共下水道設備」の普及に邁進していった。ある時、自分はとんでもないものを広めてしまってきたことに気づき、愕然とし定年を待たずに早々に退官。「川に汚水を流さない」事業をおこし、現在に至っている。彼の口から「この下水道の法律を作ったのは長野県の国会議員」といわれたことに、当時少なからぬショックを受けた。
 今、私たちが出すゴミや汚物は化石燃料で燃やされ埋め立てへ,あるいは化学的な中和が施され川に放流されている。いずれも利権が2重3重に絡みつき恐ろしい様相を呈している。自分の目の前から汚物がなくなれば日々安閑と暮らせ、自分だけが儲かれば後は知ったことかと「高」をくくっていられる。個人主義ここに極めり。
 教育を変えなくてはいけないという。親の教育が必要だという。
「脱亜入欧」で、何でも欧米思考になってしまったのが原因
自然をコントロールしようとする考えの限界
自然の中に生きる「山間人=やまんと=大和人」の復活か
目にみえない,知ることのできないものに対する「謙虚な心」
解決方法はこれらのキーワードに含まれている様な気がする。
いままで常識として植えつけられていた知識が崩壊するときが来たようだ。
(その一例)  原子転換・・・果たして高温・高圧でなければ不可能か
 アメリカの科学者のケルブランという人が、植物でも動物でも、ある原子と原子で核融合を起こし、新たな原子を作る=常温核融合を実証してみせたが、ノーベル賞どころかいつの間にか抹殺されてしまった。十数年前か日本の某大学で実験結果を出したがこれもうやむやにされてしまった。医学も農学も栄養学も変われるのに。受け入れられるには百年かかるという。あらゆることが限界値に達している。
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2005年05月05日

どこを見ている農林省

 知人から『遺伝子組み換え稲』の説明会(4月29日)の案内をいただいた。
「参加されて問題点を認識し、計り知れない影響に対処し、中止させましょう。」ということであった。大豆の遺伝子組み換えに対してさえほとんどの国民はアレルギー反応を示しているのに、ましてや主食の米である。国は国民を見ていない。
「カラシナ由来の抗菌性タンパク質を持つ複合耐病性イネ」、私の憂慮に別の知人から寄せられたコメントを以下に記す。

田幸さよ子様    17.4.28  高橋
遺伝子組み換え稲も、白菜の耐病性を高めること、ゴボウの根こぶ病のことも、農業の問題としては、とても多くの問題があります。
 アメリカで開発した遺伝子組み換えのことなどは、あまりにも、世界にこの農業の問題を混乱させることとして、ヨーロッパ各国は、大反対しました。
 特に、稲にまで手をだすことは、世界の稲作文化圏の中にある日本に対する非難とも言われており、人類が行ってよいことと悪いことの分別の判断を問うものといわれます。都市部の主婦連が、こぞってこの遺伝子組み換え技術の進歩には、問題を感じているのは事実です。「アメリカは、とてもよいモルモットを1億2000万匹飼っているから、研究が進む」という新聞記事がフランスのマスコミに話題となって、アメリカと日本は大変にバカにされているが、バカなのは日本の政府と学者です。
 すでに、生協(コープ東京・神奈川)などではこの遺伝子組み換えヤサイを取り扱ったことから,生協組合員の多くが離れてしまいました。大切な子供達に、不安な遺伝子組み換えヤサイを食べさせることは、できないとして、この運動は全国へ広がり、北海道→青森・秋田→と、生協はこのダメージを受けて、つぶれて無くなる始末です。
 米食文化圏に大きな問題を与えてしまう、稲の品種改良?には、私は反対します。もっと自然のままにして、自然なコシヒカリが,作り続けられることを心より願う次第です。
以上

―迷走続ける農林省―
 農林省はその昔、カイコの食性の実験をしたことがある。常食のクワの葉の代わりにジャガイモの葉を食べさせた。最初は見向きもされず、失敗の繰り返しであったがある時、食いつく固体が現れた。研究者は狂喜し、固体を掛け合わせ本格的に市場に出そうとした矢先、何代目かでぴたっと生殖行為をしなくなってしまった。その後どうなったか知らない。人間は自然界を「コントロール」できない。このことを肝に命ずるべきです。
キリスト教的考え方ではやっていけない・・・東洋哲学を再認識する必要があるのでは?
大和は『山間人』=「やまんと」から来た言葉ともいわれます。自然の中に溶け込んで、自然の一員として生きる・・・太古の祖先の知恵に学びたい。  
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2005年04月14日

開けてびっくり、平成の大合併 ―山口村篇―

2月13日、中津川市に越県合併された山口村
(1)予想を遥かに超え、新中津川市の借金は何と、20倍!
54億だった中津川市の借金が、1市7町村合併後、何と1090億に膨れ上がった。7町村平均148億もの借金を背負い込んだ計算になる。「面倒を見てもらえる」という思惑は、早くも崩壊。さらに、430億の特例債について前中津川市長・中川氏は、「200億は使う」といっていたが、現大山市長は「380億使う」と豪語したものの、この借金増に腰を抜かし『10億使う』にトーンダウン。使えば使うほど『借金』が増えるというカラクリにようやく気づいた。利権で誘致を楽しみにしていた「神坂インターチェンジ」も、地元負担27億は到底払えず、最初からの夢物語。財政再建団体(おや、どこかで聞いた言葉!)に落ちないために「放射性処分場」でも持ってきて国に借金肩代わりでもしてもらうしかない!?
(2)思いがけないリストラ勧告
10年かけて職員減らす(自然退職)といわれ、合併賛成の旗振りを一生懸命首長と一緒になって(不正も楽しみつつ)やってきた職員の多くは寝耳に水。「自分だけは蜘蛛の糸」宜しく救われると思っていたのに・・・(今頃気づくなんて)。7町村250人、残るは数名。これだけの借金の前に「特例法」の「身分の保証」も持ち出せず。楽しみです、内部告発。
(3)すべからく却下
初めての『市議会』での発言もことごとく却下、「こんなはずではなかった」と漏らす前首長、村民に促されて1週間もかけてようやく出された報告書は「市政報告」と。『議会報告』でしょ(そっか、議員1年生だった!)。てんこもりの[切られ予算]見え見え。
(4)分かっていない「観光協会」
合併賛成の観光協会が合併後に配布した名刺には何と、木曽馬籠。「木曽」の名称が使えなくなるという大変なことがまるで分かっていない。木曽ヒノキと名乗りたいばかりに住民票を移した林業家の想いが分からない。

―久しぶりに馬籠を訪れた―
日曜日の観光客の賑わいに内心ホッとしたが、久しぶりの客足だという。平日は店を閉めているという。お邪魔したお店では、このシーズン2〜3人のアルバイトを雇うというが、いま「私1人で間に合ってしまう」とこぼす。賛成派だった別のお店の女将さんは、「何にも買っていかない」と腹を立てていると聞く。客層が変わったのか?さてさて・・・?
[信州]の観光ルートから外され、改めて[信州ブランド]で生きてきたことに気づくという。木曽馬籠ではなく、信州の馬籠なんだと。またこうもおっしゃる「癖が直らない」と。「お金がなくてもやっていけるのに、お金がないとやっていけない」と言う思い癖。
これから本当の「自立」の道を問われている。
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2005年03月21日

こんな議員はもういらない!

「何でもかんでも反対」の採決をこの目で確かめたくて議会棟を訪れた。
午後1時からというのに始まらない。仕方がないので時間つぶしにお邪魔したある党のお部屋に、先日離党した某議員が入ってきた。一見すると人のよさそうな顔つきなのだが、言うことに我が耳を疑ってしまった。
「ウチは〜、ウチは〜」と。何を指しているのか知って驚愕。何と、先月入党したばかりのそちらの党を指しているのである。長い間親しんできたかのような口ぶり。この人は確か、選挙のときに知事を利用した人ではなかったか。
 己の小ささを知事派などという「トラの威」を借りても、ボロがでてしまうものです。わたしを新人と見た「ボケ議員」は、後援会の方が同席しているのにもかかわらず、会の欠点、失敗をあげつらい得々。それらは直せば済む。しかしこの議員は、直しようがない!!
 もしも、だれもいなければ、思い切り張り飛ばしていたことでしょう。「恥を知れ!」と。どんな思いで知事が応援したか。応援したい人はほかにもいたけれど、そして改革に力を貸してくれるはずの多くの候補が落選する中で、どんな思いで貴方に望みを託したか。
 自ら新党を旗揚げするならいざ知らず、組織の下っ端に成り下がって洗いざらい得た知識をさらけ出し、擦り寄っていくその姿に、私は、ただただ時代に乗り遅れた男の末路を見たようで哀れでなりませんでした。「古い男達よ、あなた方は、妻や女性の1つ1つの欠点をあげつらうことに長けているように、知事や組織の欠点をあげつらう。」私たちは全体をみる。なぜなら、人は日々成長し続けるものだからです。意識もどんどん変化します。
ついていけなければ、他者に譲るべきです。時代は、変革を理解する人を求めています。
 またまたやってくれた節約という名の暴挙=時代が読めないのか勉強不足なのか花粉症が国民病になった要因、スギ花粉。戦後の誤った認識により雑木を切り倒し、スギ・カラマツの植林が励行され、結果山野の腐葉土が流失し、岩肌が露出。保水能力の著しい低下は、各種ダムの流土堆積による機能不全をもたらすに至っている。
ダム大好きな議員諸氏がまず取り組まなければならないことは「スギ・カラマツ材の利用促進」し、跡地に大地を育てる落葉樹(その地域にあった)育成―海辺は山で育てられた土が織り成す共同作業―なのではないのか? 山がしっかり育たなければ・・・何をかいわんや。
 さて、本題。木製ガードレール予算半額・・・
山国信州をこれほど率直にアピールするものはないというのに、議会は節約で反対。私たちはこの議会に反対!!今や雇用促進を含めて林業再興の大切な時なのに。
これこそ、地域の特性を生かした公共事業でもあるのですから。白いガードレールより温かみのある木製のほうが、自然にマッチするし、ドライバーもスピード落とすかも?!
新月に切り倒した木は何と200年は持つといわれています。「鉄は外から木は内から。」
 私たちが受けてきた教育「日本は資源がない」という言葉を改めるときが来たようです。―シベリアの原生林の95%以上日本買占め=凍土溶解・村落水浸し―
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2005年03月15日

今一番美しいもの、そして求められているもの

―男性の中に女性性を見るとき、女性の中に男性性を見るとき―
威張りたい、支配したい、勝ちたい、儲けたい(損得勘定)、権力が欲しい、認められたい。そして、縦社会を形成し上下関係を作りたがる。集中的で全体が見えず、未来予測ができない近視眼、目先のことにこだわり融通が利かない、相手の欠点をあげつらい優位に立ちたがる。(末期男社会)
反面、女性性を発現している男性は、全体が見えて臨機応変、横のつながりを大切にして分かち合う、決断が早い。
男性の中の女性性が求められているときです。あなた方の中にある思いやり、いたわる心、譲り合う優しさ・・・思い出して欲しい、あるんですから。
議会が相変わらず、時代遅れの茶番劇を演じている
枝葉のことにこれほどまでに取り組み続けた議会がかつてあっただろうか。
何でも[反対! 反対!]で、代案ひとつ示せない・・・良くする気があるの?
県民が一番望むことは、「誠実である」こと。
共感する心、寛容さ、そして忍耐力 = 改革に必要な資質。
今どんなことが求められているかまるで分からないよう―大いなる苛立ち!!
多くの良識ある県民は深く反省している、[議会を変えなければ]と。
時代の変革についていけないのであれば、潔く立ち去って欲しい。
時代はあなた方を拒絶している・・・そして私たちも。
「明白な現実という限られた地平の中でしか考えない批判者や皮肉屋では、世界の問題を解決できない。我々に必要なのは、かつてなかったことを夢見られる人間だ」―ジョン・F・ケネディ
長野県が健全になること=日本が健全になること
そして世界が健全になること
―決断することでしか変えられない―
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2005年02月14日

女 衆 の 会(おんなしょのかい)

―「おんなしょ」とは長野の方言です―
いままで政治や経済に無関心だった普通の女性に
日頃の茶のみ話に近頃の世相の話も取り上げてもらいたくて・・・
そういう私もつい最近までは貴方任せの一人でした。
70年ほど前はまだ「人々が思いやり深かった」といわれます。
いつからか、「自分さえ良ければ」が蔓延してきました。
いったい、いつから?
西洋文明がいいと「爆走」して来て、気がついたら地球規模的に問題噴出。
対策も後手後手で、天災・人災花盛り。
まだ続けるつもりかしら?
「しょうがない」では済まされないところまできています。
この社会の半分は女性です。あなた任せにしてきた「ツケ」が来たのです。
このまま知らぬ存ぜぬを通しますか?
気づいた男衆(おとこしょ=これも方言)が動き出しました。
でも、あまりに理解者がいなさ過ぎます。
男衆が男衆の足を引っ張っています。
今までと違う手法についていけません。
真っ当な方法なのに、「儲からない」「分け前が少ない」という理由でかしら?・・・
「儲かる」とは、誰かが「損をする」ことなんです。
これからは「あまり儲からない」ことをしなくてはなりません。
それはとても骨の折れることですが、自然との共生が可能です。
そして「皆が損をしない方法」です。
『山口村が危ない』とい危惧から立ち上がった会です。
身近なところから検証していきませんか。
周りの男衆(おとこしょ)の仕事や立場がどうであろうと
おかしいことはおかしいと声に出しませんか。
そして、まっとうな働きを命がけでやろうとする(正攻法で戦う)男衆の
手助けを遅まきながらやっていきませんか。
これからは女性ならではの視点で、女性の路線で考えて見ませんか。
意外な発見があるかもしれません。
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2005年02月09日

山口村は永遠の心の財産 ―ゴミ捨て場は許さない!―

大切に出来なければ返して欲しい
合併しても自立を迫る。その挙句「無条件合併」だから文句言うなですか!
美味しいものに惑わされた純朴な村民を悪く言うつもりはありません。
「アメとムチ」でいうならば、ムチもはっきり示すべきでありませんか。
長野県民も知らなかった「岐阜のゴミが来るなんて」・・・
もし早くからしっかり説明がなされていたら
合併は成立しただろうか?
急に出てきた問題ではありえない。
大きなところで密約がなされているとしたら
政府の指導を疑う
ゴミ処分場誘致に失敗し続けた梶原前岐阜県知事を疑う
あなた方は長野県をいたぶるつもりですか
長野県に恨みでもあるのですか
政府のいうことを聞かない「独創的な知事」を頂く県ですが
気に食わないですか
おかげさまで着々と改革が進んでいますが
お国(小泉)のように170兆も借金を増やさず
どんどん、驚異的に日本一借財を減らしています
それが気に食わないのですか
岐阜県のようにゴミは好きではありません
1.同じ市内にインターチェンジ2つは「大きな無駄使い」で建設は有り得ない
2.椿街道を開設しなくても十分在来道路で間に合う 
こんなアメで惑わし
3.ゴミ捨て場の開設を公表してこなかった 
あなた方は言います「馬篭は、藤村はどこに行こうとおんなじだ」と
でも世間はもう「不誠実」にうんざりしています。
合併しても「自立」を改めて迫られ、何のための「合併」だったかと
興ざめしている多くの村民に代わって申し上げます
山口村を長野県に戻してください
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2005年02月08日

山口村の、それから

 長野県が山口村村民の民意を尊重して越県合併を容認する気運が高まっていた頃、ふと頭をよぎったことがある。県が山口村を「嫁」に出すとして、その受け手であるところの「婿」とは、一体どんな人物であるのか。報道では、全くといっていいほど、相手側である「中津川市」や「岐阜県」については触れられていない。
 ちなみに長野県は八つの県と境を接しているが、その県知事の名前をご存知だろうか。そう、私たちは地理は知っていても、隣県の政治には全く疎い。代わりに作家であったり全国ネットの番組に登場する田中知事や『脱ダム宣言』は、他県の知るところであろう。
 今回の合併問題で長野県内で取り沙汰されたのは、およそ次のような内容である。山口村の住民意向調査の多数決の結果。45年前に分村合併された神坂のしこり。馬籠や藤村といった観光資源(モノ)ではなくて村民の意思(人)を大事にせよといったこと、など。もともとの合併の理由は、このままだと財政再建団体に転落するから、というものだった。それに対し、今回のように市に吸収される形での合併は立場が弱くなり、自らの意思決定ができにくくなる危険を孕んでいるという危惧があった。これは個人に例えれば、「人権」を相手に委ねてしまうようなものである。
 では、岐阜県側の、この問題に対する捉え方はどうだったのだろう。残念なことに、一部の情報ではいまだに「国盗り」感覚なのだ。つまり、自分の国の利益になる相手方の土地を得ること。この場合、馬籠や藤村が大事で、住民のことなど眼中にない。
 更に、越県合併が国に申請されて間もないというのに、山口村に岐阜県の産廃処分場が来るのではないかという噂が現実味を帯びて来ている。長野県は山間地という地形が災いして、県外からの産廃が持込まれ易い。そのために監視の目は厳しく、水源を多く抱えることから処分場の認可はされにくい。ところがどうも、岐阜県はその辺がルーズなようなのである。既存の処分場は満杯らしく、新たに設けようとすると住民の反対運動が起こる。そこへ山口村である。
 この村の山間に「ふるさと椿街道」という、新設で建設がストップしたままの道路があり、そのすぐ脇に青野原という地籍がある。谷状の地形で、ここが今、産廃処分場が来るのではと囁かれている場所だ。仮にこの話が本当なら、実は合併を利用して産廃処分場を手に入れたかったのではないかという推測が成り立つ。つまり山口村の合併話は、産廃のダシに使われた可能性がある。長野県議会は山口村の民意を尊重して強行提案・採決し、村民を守ったつもりだろうが、ゴミ捨て場になどされてしまったら本末転倒である。岐阜県なら、民間の処分場には容易に認可も下りる(だろうから)。
 郷土愛など抱けぬ新参者の土地へなら、ゴミ捨て場を持っていっても構わないという考えは、岐阜県の恥さらしである。仮にも岐阜県は、「白川郷」という合掌造りの『世界遺産』を抱えている。片や、よそ者の土地に平気で産廃処分場を造らせるなら、それは未来永劫へと続く『負の遺産』となるに違いないだろう。(平成17年 2月8日 一市民からの投稿 )
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2005年02月02日

寄らば大蛇の影!? パート3

漁夫の利
―当事者同士が争っている間に第三者が労せずして利益を横取りすること―
(内部資料)
「山口村との合併は馬籠さえ来てくれりゃあ言うこたぁありゃせん。」
「ゆっちゃあ悪りいが北部7市町村との合併が主体で、山口村は付属のようなもんだ。」
「あの知事はなかなかのもんらしいが、県会議員が山口村の民意を大切にしろとかいって県民の意見調査費を削ったというからおもしれえ。」
「しかもよう、知事さんが議会に提案しなければ議会が提案してくれるというんだから願ったり叶ったりよ。まあ高みの見物だな。どえりゃあ観光地が転がり込んでくるわな。」
「東京のテレビ局も何社か取材に来てよー。県を越えて合併する村を迎える側の立場を聞かせてくれとか言っとりゃーした。『中津川市には凄い観光地が転がり込んできますねー。長野県は思い切りがいいですね』、とか言うもんで、その手にゃ乗りゃすかと思ってよー、観光地が欲しくて合併するわけではねー、村の皆様の意見だわ、と言っておいたわ。」

火のない所に煙は立たぬ
山口村に産廃処分場が来るという噂はほんとうですか?岐阜の処分場満杯と聞くけど・・・。それじゃあ「ふるさと椿街道」というのは産廃を運ぶ道ってこと?
「ふるさと」なんてネーミング、冗談でしょ。唱歌「ふるさと」の歌詞が泣くよ。
もし、そんな風になったら、議会の皆さんも知事も、加担したことになるんだからね。
それとも最初から知っていた?! 長野県の面汚しにだけは、ならないでくださいね。
(荒々菓子子―あらあらかしこ)

長野県の皆様
 この度は越権・・・じゃなかった、越県による山口村の合併に、多大なるご尽力を賜り、誠に有難うございます。私たちはこの日が来るのを手ぐすねを引いて・・・じゃなかった、山口村民の「民意」を尊重し、暖かく我が県にお迎えする所存でございます。
 皆々様がこれまで大切に守られて来ました水源を抱える山野を、これからは産廃処分場として有効活用・・・じゃなかった、歴史的遺産である馬籠や藤村記念館を守り、引き継ぐ決意でございます。 田中知事、県議会、並びに長野県民の、そのお人好しな・・・じゃなかった、その誠実な茶番劇を・・・じゃなかった、白熱議論を、私たちは高みの見物・・・じゃなかった、固唾を呑んで見守って参りました。 このような台本通りの、願ったり叶ったりの結果を・・・じゃなかった、手放しで喜んで・・・じゃなかった、まあとにかく、ありがとさん。                           (岐阜県より)

(P S 岐阜県民の名誉のために、これは一握りの政治家を指します。従って「岐阜県」としています
多分、この呟きの内容は、当たらずとも遠からじ―心情を一市民が代弁―)
posted by さよちゃん at 00:00| 山口村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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